故・谷村新司さんの激しいものまねで知られるダンシング☆谷村さん。芸能事務所「ジンセイプロ」代表も務め、これまで数多くのそっくりさんを発掘・育成してきた。

 芸人として売れることを目標にしていただけに、彼自身、ものまね一本で勝負するつもりはなかった。だが、やがて「そっくりさんにも需要がある」と気づき、芸を営業につなげていく独自の理論にたどり着く。一例を挙げるなら、ものまね対象や地域に合わせて芸名をその都度変える――「美川変一」「美空リハビリ」、さらには「もちだし香織」。いずれもダンシングさんが考案した芸名だ。

「邪道で結構」。そう笑い飛ばす彼に、ダンシング流仕事術を聞いた。(全4回の2回目/最初から読む)

ADVERTISEMENT

ダンシング☆谷村さん ©細田忠/文藝春秋

◆◆◆

ライブで初めて会った爆笑問題に「もっと自分をアピールした方がいい」

――三軒茶屋のショーパブ「聖徳太子」で、「千の似てない声を持つ男」というものまねをひらめいた。ですが、当時はものまねで食べていくというつもりはなかったんですよね?

ダンシング 「千の似てない声を持つ男」は、あくまでネタの一つ。いろいろなことをやっていましたから――例えば、「ふんどし演歌」というネタは、ふんどし姿で歌うだけなんですけど、歌唱力が鍛えられるし、舞台度胸はつくし、毎日なにかしらネタを作るという基礎体力は身に付いたと思います。毎日3ステージですから、とにかくとんでもない量のネタを作ってましたね。

「聖徳太子」にて、ふんどしでネタをするダンシングさん(写真=本人提供)

 三五十五とコンビを解消した後は、大学時代の同級生で「DXコブラ」というコンビを結成し、今でいうところの地下ライブにも出演していました。僕らは地下芸人界ではトップだったから、そのライブで初めて爆笑問題さんと会ったときに、彼らのあまりの大人しさに驚いちゃって。「この世界は厳しいから、頑張ったほうがいいよ。もっと自分をアピールした方がいい」なんて偉そうなことを言ってしまいました。後年、大謝りしましたけど(笑)。