マネージャーの一言でタレントを発掘開始

――バブル崩壊が、そっくりさんたちにとって一つの転換期だったと。

ダンシング 単なるラッキーではなく、これはきっちりと仕事を押さえにいかないと、とわかった。それで大手事務所に所属できないかと掛け合ったものの、その時点で僕は35歳を過ぎていたから、「あなたを今所属させて売れなかった場合、誰があなたの人生の責任を取るの」と言われて。それで仕方なく個人事務所、今に続く「ジンセイプロ」を立ち上げたんですよ。

©細田忠/文藝春秋

――なるほど。シビアですが、一理も二理もある言葉ですね。

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ダンシング ありがたいことに、自分の仕事が低迷することはなかったんですが、あるとき自分のマネージャーから、「もしダンシングさんが交通事故を起こしたり、病気になったりしたら、この会社はどうなるんですか?」と問われて、「どうしよう?」と。「人を増やしてください」と提案されて、そこから僕以外のそっくりさん、ものまねタレントを発掘して、所属させていくようになるんですね。

ものまねマーケットに商機「ズレ芸名で勝負するしかない」

――当時、「ジンセイプロ」の競合他社はあったんですか?

ダンシング キサラのものまね事務所くらいかな。当時は、大手プロダクションにものまね部ってなかった。加えて、僕らは単価が安いから、「この金額で盛り上げますよ」と提案しやすかった。

――それでドサ回りして。

ダンシング そうそう(笑)。芸さえあれば、マーケットがあったんですよね。“テレビで人気者にならないとものまね芸人、ものまねタレントとして食べていけない、全国を回れない”という固定観念があったけど、きちんと磨けば、テレビでスポットライトが当たることはないかもしれないけど、「食える」ということがわかった。ものまねには、顔マネを色々似せて盛り上げるトーク術とショー構成を確立させればマーケットがあるんです。もちろん、歌もある程度は似させていく必要はあるけど、「そっくりさんを呼ぶ」ことに一定の需要がある。ものまね一本でやっている人からすれば、僕の考え方は邪道も邪道ですけど。その上で、欠かせないのが芸名なんですね。例えば、藤井風さんのそっくりさんなのに、本名の「高橋弘」とかで登場したら、もったいなさすぎるじゃないですか。

営業の舞台でのダンシングさん(写真=本人提供)

――ダンシングさんが、「ダンシング☆谷村」にしているくらいですもんね(笑)。

ダンシング 名前とプロフィール写真を見たら、どっからどう見ても僕が谷村新司さんのものまねをする人だとわかるわけです。僕自身、この名前で良かったという実感があるので、「ズレ芸名で勝負するしかない」と思った。だから僕は、ものまねをする人ごとに芸名をすべて変える。谷村新司さんのときは、ダンシング☆谷村。郷ひろみさんのときはGO!ピロミ。美川憲一さんのときは美川変一。地域ごと、年齢層ごとに芸名を考えるので、僕にはダンシング☆谷村以外に、セカンドネーム、サードネームがある(笑)。

 今、うちの事務所にいるタレントで言えば、北風ミシェルという子がいるのですが、この芸名はいずれメジャーになったときの名前。ですが、まだ売れてません。そこでELTの持田香織さんにそっくりさんの顔が作れるので、「もちだし香織」というセカンドネームを用意する。すると、営業の仕事が取れるんです。