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2018/10/16

望まずして慰安婦になった記憶はあやふやになる

 遺族の証言、新華社報道、方軍による生前の桂英へのインタビュー……と、それぞれの情報源ごとに話はまったく食い違っている。「抗日戦争の被害」の実態はおろか、桂英の出生年や慰安婦になった年すらも定かではない始末だ。

――とはいえ、これらの矛盾は生前の桂英が意図的にウソを喋っていたことを意味するわけではない。一般論として、セックスワーカーには経済・文化資本の双方で社会的弱者が多く含まれるものであり、これは「旧中国」の生まれである元慰安婦ならなおさらだと考えられるからだ。

南京の慰安所陳列館の慰安婦像、後ろの壁に「涙」のアートが確認できる ©getty

 彼女らの多くはその生い立ちゆえに、論理的に首尾一貫した話をしたり、自分の状況を抽象的な概念で把握して他者に説明できるような能力を獲得できていない。文字の読み書きすらできないと考えれば、固有名詞や年号・日付・場所の記憶は、一定の初等教育を受けた一般人と比較するとかなり不正確になるはずだろう。

 加えて証言時の彼女らは高齢だ。往年の日々は誰しも忘れたい過去であり、望まずして慰安婦になった場合はなおさら記憶はあやふやになる。後世の抗日ドラマやニュース報道などで聞いた話を、自分の体験のように思い込む例もあるだろう。

言論の自由がない中国で証言の見極めは困難だ

 さらに本人が物故した場合は、話は遺族の伝聞になる。もちろん遺族たちも、やはり生い立ちは貧しく、充分な教育を受けられなかった人が多いため、証言の信頼性はいっそう低くなる。

 桂英について言えば、彼女が約80年間の非常に苦労の多い人生を送ったことや、戦時中に日本兵を相手にした性産業に従事していたことはおそらく事実だろう。ただ、それ以上のことは、なにひとつ確かではない。後世の検証もほとんど不可能に近いと言っていい。

 社会の格差が大きく、言論の自由も存在しない中国において元慰安婦の証言の内容を確かめることは、この問題の総本山である韓国の事例に輪をかけて真偽の見極めが困難なのだ。

当事者をウソツキ扱いして溜飲を下げることはできない

 詳しい話は『さいはての中国』本編に譲るが、中国の慰安婦問題には当局のその時点ごとの政治的な都合が大きく影響を及ぼしている(ほか、韓国や台湾の慰安婦問題との最大の違いとして、中国の場合は歴史問題の追及はおこなっても元慰安婦本人の尊厳に配慮する視点がかなり薄いという特徴もある)。

 こうした問題にどう向き合うべきかは、本書中でも言及したのでここでは繰り返さない。ただ、(当局や現地メディアについてはさておき)元慰安婦の当事者を完全にウソツキ扱いして溜飲を下げたり、逆に中国側の誇張された主張を大真面目に信じ込んだりするような、「雑」な姿勢で扱えるようなものでは到底ないことは確かに違いない。

さいはての中国 (小学館新書 や 13-1)

安田 峰俊(著)

小学館
2018年10月3日 発売

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