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「一つでも知っていれば、教員の対応も違いました」

AED財団の理事を務める桐淵博さん ©渋井哲也

 明日香さんの死後、さいたま市教委と対立し、一時は裁判を考えていた。現場にいた子どもたちの聞き取りの内容と、学校からの報告が違っていた。しかし、桐淵博教育長(当時)が「きょうは、一人の人として来ました」といい、自宅を訪れた。

「真摯に遺族と向き合っている姿勢を感じました。そして、明日香が亡くなってから初めての謝罪があったのです。その言葉を聞いて泣きました。深夜まで語り合い、最後は笑顔になって見送りました。(桐淵教育長の)『子どもたちを守りたい』という言葉に救われました」

 そして、桐淵氏らとともに、寿子さんは、学校現場でも、ASUKAモデルを普及するために、全国で講演をする。心肺蘇生やAEDの使い方などを広げていく。

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「ASUKAモデルの中で、明日香のメッセージが受け継がれていきます。救える命を救える世の中になることで、悲しみの連鎖を断ち切っていきたい」

 つづいて、当時の教育長で、日本AED財団理事の桐淵氏も話をした。

「けいれんや死戦期呼吸は心停止の重要なサインです。すべては明日香さんの事故から学びました。そのとき、一つでも知っていれば、教員の対応も違いました。人が倒れたときに周囲の人が何をするのか。それが決定的な役割を果たします。その場で、誰もが、協力することが大切です」

他大学から参加した学生もいた

 救急車が到着する平均時間は8.5分。その時間は医療の専門家が何もできない時間帯だ。そのため、資格の有無に関わらず、救命処置をしなければならなくなる。そのためには講習を受けることが重要だとした。

さまざまな場所に設置されているAED。使い方を知っていれば、助けられる命がある ©iStock.com

「30年間で校内で突然死で亡くなる子どもは減って来ています。私たちの目標は、学校における突然死をゼロにすることです。またスポーツにおける突然死もゼロにしたいのです。なぜなら、スポーツで倒れるときには、周囲に誰かがいるからです」(桐淵氏)

 研修に参加した学生は「娘さんが亡くなった悲しみがあるのに、(ASUKAモデルを広げていく)行動力は普通では考えられませんが、それはいろんな人の協力があって実現したこと。それが他の人にも影響していく。日本のために頑張っていると思います」(スポーツ文化学部、1年生男子)と感想を述べた。

 他の大学から参加した学生もいた。「考え方が変わりました。教師は何でも知っていると思っていましたが、現実には違っていました。学ぶことは大切だと思いました」(帝京大医療技術学部、2年生女子)と話していた。

被害者や遺族から“裏切り者”扱いされて

 一連の研修を担当するのは、スポーツ危機管理研究所の副所長を務める南部さおり准教授(武道教育学科)だ。南部准教授は、2007年ごろ、頭部外傷を負った柔道事故被害者との出会いがあった。当時横浜市大で法医学教室に所属しながら、裁判のアドバイスをしていたことが口コミで広がった。その後、日体大に赴任することになる。

「日体大に来ると決まったとき、被害者や遺族から“裏切り者”に見られました。なぜなら、スポーツ事故に関わったり、体罰の加害者になったりする教員は日体大出身者が多いというイメージがあったからです。そういうイメージは由々しきことです。そのため、日体大を変えようと思いました」