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ヒッチコックが嫉妬したかもしれない

 ヒッチコックが生きていたら、本作のような映画を作ったかもしれない。あるいはこれを見て激しく嫉妬したかもしれない。映画の生みの親であるリュミエール兄弟がこれを見たら、何を感じただろう。彼らは映像の逆再生という手法を偶然発見し、すでに虚構の時間を表現していたが、本作の発明は映画の生みの親も驚かせたことだろう。

 映画全編をPCの画面だけで構成するという発想も凄いが、同じようなアイディアを思いついた人間は他にもいただろう。その思いつきだけでは傑作にも発明にもならなかったはずだ。

 本作はその発想とテーマ、物語、ストーリーテリングの技術が一体になっているがゆえに、傑作になった。そこに監督の唯一無二の才能がある。

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 主人公の娘が失踪し、それを父親が探すというのが基本的な話だが、その物語自体がよく練られていて、複数回のどんでん返しがある一級のミステリーになっている。エンタテインメントであり、現代の社会を考えさせる思弁性があり、それを的確に伝える手法がある。

 

 映画の冒頭で、青空と緑の丘が画面いっぱいに映る。なんの変哲もない、ありふれた風景。どこかで見たことのある風景だ。

 それはWindows PCの壁紙だ。アイコンも何もないまっさらなデスクトップの画像が、劇場のスクリーンいっぱいに映し出される。

 そこに音響カプラの独特のノイズが被さる。コンピュータ・ネットワークの初期、PCを回線に繋げていた機器が発する音だ。それを聞かせることで、コンピュータ・ネットワークの黎明期から現在のSNSの時代までの歴史を一息に凝縮してみせる、見事なオープニングだ。