予兆はあった。

 2012年6月、大統領選挙に出馬を決めた文在寅、当時民主統合党常任顧問は、「(元徴用工の)個人請求権が消滅したということはあってはならない」と話していたし、大統領になってまもない昨年8月15日の演説でも、「被害者の名誉回復と補償、真実の究明と再発防止の約束という国際社会の原則がある」と語っていた。

文在寅・韓国大統領 ©時事通信社

 そして、10月30日。

ADVERTISEMENT

韓国の大法院(最高裁判所)は、元徴用工の個人請求権を認める判決を下した。

原告は勝訴を噛みしめる面持ちだった

 これにより被告の新日鉄住金の再上告は退けられ、4人の原告にそれぞれ1億ウォン(約1千万円)の損害賠償金の支払いを命じたソウル高等裁判所の判決が確定した。

 その日、裁判を終えた原告は記者が取り囲む場に粛々と現れた。

記者に囲まれる原告・李春植さん(筆者提供)

 当日、大法院の法廷に続く入り口には、日韓のメディアがぐるりと輪になって、原告の登場を今か今かと待ち構えていた。勝訴すれば歓喜に沸いて現れるだろうと思っていたので、支援者らも勝訴をかみしめるような面持ちだったことに意表を突かれた。

 原告4人のうち、インタビューに応えたのは、李春植さん(94歳)ひとりだ。他3人はすでに他界している。耳が遠いのだろう、記者が大きな声で所感を訊くと、李さんは、「私を含めてもともと4人いたのに私ひとり裁判を受けることになり、胸が痛く、とても悲痛だ」と絞り出すように言葉を押し出した。

「日韓請求権協定」で解決済みとされていたはずだったのに……

 そんな姿を目の当たりにし、ひとりの人生に思いを馳せれば、胸が塞がる思いがした。第2次世界大戦時、日本の植民地時代に強制労働の被害を受けた元徴用工の環境は苛酷だったと聞く。

 しかし、元徴用工への補償問題は、14年かけて1965年に日韓で締約された「日韓請求権協定」により解決済みとされていたはずだ。日本からの経済協力金のうち無償3億ドル(当時1080億円)に補償金が含まれ、韓国政府はその後関連法を制定した後、75年から一人当たり30万ウォンの補償金を支給した。さらには、2005年、盧武鉉元大統領時代に大々的に検証された過去史清算でも、「慰安婦とサハリン残留者、被爆者は対象外」としたが、元徴用工については含まれると判断された。また、韓国政府の措置は不十分であり、責任があるともしていた。