とても豊かな思い出として残っています
―― このたび、島さんの名著『純粋なるもの 羽生世代の青春』(河出書房新社)が復刊されました。どんな経緯だったのでしょうか。
島 最近将棋が取り上げられることが多いので、改めて羽生さんたちの世代に注目が集まっていますね。新しいファンの方たちにも、羽生さんたちの若い頃の話を知りたいというニーズがあるのかもしれません。
いまさら昔の話をするのはどうなのかな、という気もありましたが、特にこの本で取り上げた羽生さん、佐藤さん、森内俊之さんと一緒に若い時間を共有できたことが、自分の人生ではとても豊かな思い出として残っています。羽生さんの原点は、ライバルと必死になって難しい局面を考え続けたということだと近くで見ていて感じられたので、それを伝えていくことに意義があるのかなと思って、ありがたくお受けした次第です。
どんな人間にも消せない「弱さ」とか「脆さ」
―― 復刊版の「あとがき」に菅井竜也さんのお名前が出てきて、羽生さんたちの若かった時代のことを真剣に質問されたと書かれています。
島 本当に具体的な質問が多かった気がします。例えば、感想戦や終盤の検討ではどういったことを考えていたのか、ライバルとの距離感や研究会の雰囲気はどうだったのか――。すごく興味があるんだなという熱量を感じましたね。
『純粋なるもの』の主人公は決して羽生さんではなくて。思えば羽生さんが50期目のタイトルを取ったころ、森内さんは棋戦優勝を何度もされていたものの、タイトルに縁がなかったんです。実力的に微差であることを思えば、自分はいつも不思議に感じていました。しかしこの後がすごかった。30代に入ってからライバル物語の第二幕というべきか、森内さんは不屈の気持ちで羽生さんより先に永世名人資格を得ました。
子どもの頃から数えれば、考えられない長い年月をかけての巻き返しです。それを継続できる根源は何なのか、棋士の「強さ」とか「すごさ」を描写するのではなく、どんな人間にも消せない「弱さ」とか「脆さ」、それを克服していくライバル、そして渾身で競り合う羽生さんの、若い時代の物語です。
普通の棋士であれば、あきらめない様子でも心の中では絶望が宿っている。自分をねじ伏せ、自らの弱さと向き合い、相手との対戦以前にどう自分を御していくかというのは、将棋に限らず普遍的な命題だと思っています。