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長い時は1時間も駒を動かさず無言のまま

―― 現在、竜王戦の挑戦者になっている広瀬さんもトップ中のトップと言える存在です。それでも、「羽生世代」の壁が立ちはだかってきました。

 私は、羽生さんたちの世代は、「精神論」がかかわっている最後の世代だと思っているんです。スポーツの世界でも、昔は不合理な練習や試合運びが幅を利かせていましたが、近代化するにつれて徐々に合理的になっていまに至っています。将棋でもAI(人工知能)が注目されて、ソフトの生み出した戦術が盤上に大きな影響を与えているのは厳然たる事実です。でもそういう中で、トップレベルでの勝負を最後のところで決めるのは、心の揺らぎだと私は考えています。

 羽生さん、佐藤さん、森内さんと一緒に行った研究会は、後に周囲からは「島研」と呼ばれるようになりましたが、パソコンを使ったり、序盤戦術を研究したりだとか、そういうイメージがあったようです。実際にはそれとは正反対で、ひたすら対局を重ねて、終盤の二度と出ないような局面について3人が延々と考え続けていました。長い時は1時間も駒を動かさず無言のまま、ひたすら考える。これは、スポーツにたとえるならば、走り込みとか基礎体力を鍛える練習に相当します。ある意味では根性的な要素を含んできました。その後、羽生さんたちがタイトルを取り始めて、そして序盤戦術が精緻化されていって、定跡として整備されていきました。

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 いまの若い方は、いろんな条件が整っていてある段階まで強くなるには昔と比べて非常にスマートで、早くなったと思うんです。羽生さんの言葉をお借りすれば「高速道路」と呼ばれます。ただ、泥臭さのない勝利があり得ないように、プロの世界で人に差をつけ、あるいは長く活躍し続けるためには技術と心の基礎の積み重ねが大きいのではないかなと、羽生さんたちの「長持ち」度を見ていて感じています。精神論の一言ですべてを結論付けるのは無理がありますが、この答えは、今の若い世代が羽生さんの年齢になった時に徐々に結論が出ていくのでしょうね。

 そういう意味では、若い世代の棋士がタイトル戦で羽生さんたちに挑戦して、実際タイトルを勝ち取ったこと、それは大変な栄誉と実績だと思います。ただ若い棋士はこれからが長い。羽生さんたちとタイトル戦を戦った人でしか分からない、貴重な経験と共に、長期的に勝っている棋士との距離感を測っている気もしています。先のことを考えても仕方がないですけれども、若いタイトルホルダーにとっても、「45歳を超えてこれだけの強さを維持できている」ことのすごさは、徐々に感じられるのかなと思っています。

 

上達法はすべて合理的です

―― 島さんの口から「精神論」という言葉が出てくるのはちょっと意外な気がします。棋士特有の合理的な考え方が、羽生世代を境にどう変わったのかという点についてうかがおうと思っていたのですが……。

 もちろん戦い方は合理的です。強さというのは、知識を積み重ねて技術を身につけていくわけで、どれか一つのピースが欠けても歯車が狂ってしまいます。そうなると悪循環で、勉強してもうまく理解できなくなってしまい、時間をかけても効果が薄まります。試行錯誤しながら新しいものも取り入れ、その中で自分の従来の技術と融合させる。上達法はすべて合理的であり、時代を経ても何も変わらない部分があります。