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マウスのクリックミスで時間切れ負けに

 いずれにしても、プロ棋士の反則は大ポカと同じく、考え過ぎて煮詰まった瞬間に生じるものが多数派だ。3手先の手をうっかり1手目に指してしまうというのは起こり得る悲劇だが、それが反則かポカの違いに過ぎない。

若き日の青野九段。
奨励会時代には2手連続で反則負けをした経験もあるという(成れない飛車を成ってしまった次の対局で、後手番なのに初手を指してしまった)。その反面、反則勝ちの経験も多くあり「反則で10局も勝負が決まったのは僕くらいでしょう」と語る ©文藝春秋

「プロが反則をするなんて情けない」という見方は必ずしも間違ってはいないが、その裏にある悲喜劇を感じ取っていただければと思う。

 以下、筆者の記者生活でもっとも印象に残る、反則に関するエピソードを紹介したい。

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 2008年に羽生竜王がインターネット棋戦で時間切れ負けとなった。マウスのクリックミスから生じたものだが、翌日には「羽生、初の反則負け」と大々的に報道された。

 これを見た筆者の感想は「時間切れ負けって反則なの?」というもの。冒頭で紹介した将棋連盟HPにも、時間切れ負けについては触れられていない。当時古希を過ぎていた、観戦記者の大先輩にその疑問をぶつけたら「うーん、反則とは言えないと思うなあ」とお答えいただいて、その時は自分が間違っていないなと思った。

 だが、さらに別の先輩記者に聞くと「時間内に指すのがルールなのだから、それを破ったからには反則負けだ」と講釈を受けた。

 なるほど、と実に敬服したのを覚えている。

時間切れ負けを反則と見るかどうか

 そうなると、将棋の歴史上ただ一局だけ、公式戦のタイトル戦で反則負けが生じた例があることになる(女流タイトル戦でのちに一局の例があるが)。

 1954年の第13期名人戦、大山康晴名人と挑戦者の升田幸三八段(段位はいずれも当時)が戦った、七番勝負第2局での最終盤。

1956年に行われた第4回文壇将棋大会に参加した大山康晴(左)と升田幸三(中央) ©文藝春秋

 大山の着手に対し、升田が読みに没頭し、悲劇が訪れた。記録係の賀集正三三段(のち七段・故人)が秒を読み、最後の10が刻まれたのである。升田が「切れたか」というと賀集は「はい、少し」と答え、「それじゃ負けだ」と升田はあっさり投了した。局面は升田の勝ち筋だったが、少しも惜しむ様子がなかったのも大棋士たる升田の潔さだろうか。ちなみにこの対局で記録係を務めていたもう一人が、「ひふみん」こと加藤一二三三段(現九段)である。

 この対局は「タイトル戦史上唯一の時間切れ負け」とは言われるが、「タイトル戦初の反則負け」と言われたことは寡聞にして聞かない。

 時間切れ負けを反則と見るかどうか。このような解釈についてあれこれ考えるのも「観る将棋ファン」の楽しみではないだろうか。

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