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同じ縦の筋に2枚目の歩を置いてはいけない

 では、他の3種類の反則について細かくみてみよう。

 まず「二歩」だが、将棋盤のあるマスに自らの歩がある場合、同じ縦の筋に2枚目の歩を置いてはいけないというもの。これがなぜ反則とされたのかは明らかになっていないが、想像はつく。局面の具体例については省略するが、二歩が認められるとおそらく、千日手(引き分け)が激増する。これではつまらないというのが江戸時代初期に二歩禁止とされた理由ではないかと思う。

「打ち歩詰め」とは、あと一手で玉が詰むという局面で、トドメに持ち駒の歩を打って詰ませてはいけないというもの。入門者がまず戸惑うであろう規則の代表例だ。あくまでも最後の一手に歩を打ってはいけないというもので、「王手に歩を打つ」のは反則ではない。また「王手に歩を打つ」→「相手が王手を解除する」→「次に(歩を打つ以外の手で)相手の玉を詰ませる」というのも反則とはならない。

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 そして相手の玉にとどめを刺す時、盤上の歩を1マス進めて詰ますのも反則とはならない。これは「突き歩詰め」という。

図から▲1四歩と打つと「打ち歩詰め」の反則。同じようでも▲1四香なら、歩を打ったのではないので、反則とはならない。
打ち歩と似ているようだが、図から▲1四歩と指して詰ますのは反則ではない。盤上にある1五の歩を「突」いて詰ましているからである。これが突き歩詰め。
もちろん持ち駒の香を1四に打ってもよい。

 なんとも混乱しそうなルールで、なぜこのような規則ができたのか。やはり歴史的な証拠は残っていないのだが、よく言われる推測としては「相手の殿様にとどめを刺すのが足軽ではいけない」というもの。

タイムマシンが発明されるまでは永遠の謎

 現在の本将棋がいつの時代から指されるようになったのかは明らかとなっていないが、戦国時代にはすでに庶民レベルでの流行があったことがわかっている。当時の価値観としては取られたら負けの「玉」が殿様で、対して一番枚数が多く、また性能も弱い「歩」が足軽のようなものと見られていたのではないだろうか。足軽が殿様の首を取るようなことがあってはならないという考え方ではないかと推測する。

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 ただ、この考え方では「突き歩詰め」がなぜ認められたのかがわからない。最初に打ち歩詰めについて明文化されたのは、二世名人大橋宗古による『象戯図式』(1636年発行)だが、これも従来の慣習を文書化したに過ぎないとされている。

 タイムマシンが発明されるまでは永遠の謎ともいえるくらいだが、現在の視点から考えると、打ち歩詰めのルールがあることで、将棋の面白さにより深みが増したことは確かである。プロ将棋で、最終盤における打ち歩詰めに基づく攻防の妙がよくみられるからだ。この楽しさが理解できれば初心者は卒業と言ってよいだろう。