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連載春日太一の木曜邦画劇場

岸部一徳の純情な夫が愛憎地獄を際立たせた!――春日太一の木曜邦画劇場

『女殺油地獄』

2018/11/21
1992年作品(113分)/VHS/レンタルあり/フジテレビオンデマンドでも配信中

 以前、期せずして映画『白と黒』を二度も取り上げてしまったことがある。その際、編集部からは「切り口が異なっていれば同じ作品を取り上げても構わない」という方針をいただくことができた。

 そこで今回はその第一弾として、『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』を二〇一六年九月以来、再び取り上げてみることにする。

 前回取り上げた際は、油問屋のボンボン・与兵衛(堤真一)と彼を誘惑する魔性の女・小菊(藤谷美和子)、そして夫と子供がある身でありながら小菊への嫉妬と対抗心を契機に与兵衛との不義密通へと溺れていく年増女・お吉(樋口可南子)の三者の濃厚な愛憎と、病魔に侵されながら描き切った五社英雄の執念――という切り口で原稿を書いた。

 が、最近になって気づいたことがある。それは「三者の濃厚な愛憎関係」という視点について。よく考えてみると、お吉には夫がいるではないか。となれば、「四者の愛憎関係」として捉えなければならないはず。映画を何度も観ているにもかかわらず、そのことに全く気づかないでいたのだ。

 この夫=七左衛門を演じたのが、岸部一徳だった。彼の芝居にフォーカスを当てながら観直してみると、実は目立たぬところで物語の重要なアクセントになっていることが浮かびあがってきた。

 たとえば、二階でお吉が与兵衛を誘惑する決心を固める場面。その下の階では七左衛門が子供とお手玉をしている。そこで見せる子煩悩な表情。あるいは、お吉が与兵衛に抱かれて帰宅した場面でかけてくる、「ご苦労はんやったなあ」というノンビリとした口調。岸部の放つ「変わらぬ日常」感が、性の情念に燃え始めたお吉の「帰るべき世界」を映し出し、彼女の葛藤を浮き彫りにしていた。

 圧巻は、与兵衛に刃を向けるも、刺すことができずへたり込む場面。「ボン、諦めとくなはれ」と泣きながら懇願するのだが、ここでの岸部の情けなくも純な姿が、お吉の不義の罪深さ、そしてなおも与兵衛から離れられない業の深さを際立たせていた。本作は、性の沼にはまり込んだ三人の陰に、どこまでも生真面目で純情な「普通の人」七左衛門がいるからこそ悲劇性が盛り上がる。岸部は見事にその役割を果たしていたのだ。

 岸部はミュージシャン時代、ベーシストだった。ステージ上であまりスポットライトが当たらないが、その確かなリズムがバンドの音楽に厚みをもたらす、重要な役割である。

 それは、岸部の芝居の在り方そのものといえる。表だって目立つことはないが、きっちりと支える。岸部一徳は役者としてもまた、ベーシストの役割を果してきたのだ。

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