結局「深圳スゴい」は神話じゃないの?
安田 ただ、フカしのなかから新たなイノベーションも出てくるでしょう。深圳のイノベーションは、低品質のパクりケータイを作るような意識の低い中小企業群と、イノベイティブで意識の高いベンチャー企業群と、プラットフォームを作るファーウェイやテンセントみたいな大企業群が相互補完して生まれる。怪しい会社が交じることを前提としたシステムみたいです。
山谷 いや、正直なところ僕はその説明にも懐疑的なんですよ。もちろん、ファーウェイやテンセントはすごいし、ドローンベンチャーのDJIもすごい。でも、それ以外に深圳からなにか新しいものが出たかというと、実はほとんど出ていない。
僕はずっと中国デジタル製品を自腹で買ってレビューをしているわけですが、近年はむしろ深圳ブームと反比例して新製品が減っている。いったい何があったんだと。
安田 なるほど。中国の電子市場で投げ売られているゴミ同然の残念ITガジェットを過去10年以上も買い続けてきた山谷さんらしい指摘です。
山谷 ひどいなあ、事実ですけど(笑)。さておき、仮に深圳が、日本で言われるようにものすごくイノベイティブな街だったとすれば、大小のさまざまな新しいものが日々生み出されているはずなのに、現場からそれを感じられない。「深圳スゴい」って、それを言っている人たちが信じたい神話じゃないのかとも思うんです。
古参の“バケモノ日本人”はイノベーションに食いつかない
安田 言われてみれば思い当たるフシもあります。深圳って、近年いきなり発見されたアジアのシリコンバレーみたいな印象だけど、実は前から日本と縁が深いんですよ。
私が2001年に深圳大学に留学していたとき、すでに日本語フリーペーパーが発行されるほど日本人が多く住んでいたし、日系企業の進出も多かった。製造業の世界での深圳は、20年近くも前から中国でもトップクラスの身近な街でした。魅力的な街だったかは別ですが。
山谷 そうですよね。最近の「深圳スゴい」文脈でよく取り上げられる電子街・華強北(ホアチャンベイ)も、昔からおもちゃ箱みたいな場所だった。今よりもずっと胡散臭かったから、今よりむしろもっと面白かった(笑)。
安田 深圳近辺には1980~90年代から現地で商売しているような、中身が7割ぐらいまで中国化しちゃった古参日本人がけっこういます。加藤鉱さんのノンフィクション・ノベル『大班(タイパン)』(集英社)の主人公みたいなバケモノが。でも、彼らは最近の「深圳スゴイ」の風潮のなかで、全然表に出てこないんですよね。
山谷 昨年11月、高口康太さんの編集協力で『「ハードウェアのシリコンバレー深圳」に学ぶ』(インプレスR&D)を出版した藤岡淳一さんは深圳16年選手のツワモノですが、彼はむしろ例外的です。他の人は表に出ていません。尋ねてみると、やはり深圳のイノベーションに対して「本当にそんなにスゴイか?」「昔からあったことをなぜ今さら?」みたいな、懐疑的な姿勢なんです。
そもそも、最近の深圳に集まっているイノベーション好きっぽい日本人は、実はイノベーターじゃない人ばかりではないかとも感じます。他の日本人に深圳を紹介する、という情報ビジネスをする人ばかりが目立って、ものを作る現場にいる人はほとんどいないと思うんです。
安田 みんなが「天下一武道会が開催されるぞ! スゴいぞ!」と言っているので会場に行ってみたら、参加者の全員がグラサンのアナウンサーで、実際に殴り合ってる戦士が誰もいなかった的な感じですかね。