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「iPS細胞」過剰な期待を煽る報道を“やめるべき”事情

「実用化」の研究は、まだ始まったばかり

2018/11/27
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臨床研究が順調にいかないこともある

 とくに山中教授がノーベル賞を受賞したこともあって、iPS細胞の研究は事あるごとに報道されてきました。最近も、京都大学の別の研究グループがiPS細胞から作った神経の元になる細胞をパーキンソン病の患者に移植する手術を実施したというニュース(11月9日)や、慶應大学の研究チームが脊椎損傷患者に同じくiPS細胞から作った神経の元になる細胞を移植する臨床試験を始めるというニュース(11月13日)が相次いで報じられています。

iPS細胞から作った神経細胞をパーキンソン病患者に移植する世界初の治験をした京大チーム ©iStock.com

 これらの治療も、うまくいけばパーキンソン病患者や脊損患者に福音をもたらすかもしれません。しかし、いままでのところiPS細胞を実際の患者に応用した臨床研究が、すべて順調にうまくいっているとは言えない現実もあります。

 たとえば2014年、加齢黄斑変性という高齢者が失明する原因となる病気の患者さんに、iPS細胞から作った網膜の細胞を移植する治療が初めて試みられ、大きく報道されました。しかしその後、移植手術前の視力を落とさずに維持できていると報告されてはいるものの、視力が向上して前より見えるようになったわけではありません。今年1月には、移植を受けた別の患者に、網膜がむくむ「網膜浮腫」という合併症も生じたとも報じられています。

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 研究者の努力を腐すつもりはまったくありませんが、「ノーベル賞のiPS細胞」といえども、多くの人を納得させるような成果が出るまでには、まだまだ多くの創意工夫や努力が求められるということなのだと思います。

「期待を煽っただけ」になってしまう

 ですからメディアは、動物実験や臨床試験がスタートしたばかりの段階で大騒ぎをするのではなく、それらの研究がどうなっていったかを冷静に追っていき、2つ目、3つ目の関門で画期的な成果を出したときに、しっかりと詳細を伝える大きな報道をすべきです。

動物実験は「スタートしたばかり」の段階 ©iStock.com

 しかし、最初に大きく報じたのに、その後の結果がどうなったかわからないまま、報道されない研究が少なくありません。それではメディアは、「難病に苦しむ患者さんの期待を煽っただけ」ということになってしまいます。少なくともこうした研究を報じる際には、実用化されるまでにどんな段階を経て、どれくらいの時間がかかりそうなのか、記事に書き添えるべきでしょう。

 一方、患者さんやご家族の中には「一刻も早く実用化してほしい」と願う方も多いはずです。しかし、過剰な期待をしてしまうと、逆に失望してしまうことにもなりかねません。動物実験や臨床試験がスタートしたばかりの研究が報道された際には、「まだ実用化できるかどうかわからない。実際の治療として受けるとしても、まだ先のこと」と、研究が進むことを期待しつつ、冷静に受け止めるようにしてほしいと思います。

「iPS細胞」過剰な期待を煽る報道を“やめるべき”事情

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