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「一切の前提条件をつけず」プーチン発言の真意

池上 合意直後の9月12日、東方経済フォーラムの全体会合で、プーチン大統領が突然、「今、思いついたことだが、一切の前提条件をつけずに、年内に平和条約を締結しよう」と安倍総理に呼びかけました。これはどういう形で関わってきますか。

佐藤 日本のメディアのほとんどが、これは領土問題を迂回して平和条約を結ぶという意味だとして反対キャンペーンを展開しましたが、プーチン大統領はそんなことは一言も言っていません。安倍総理も、その後、プーチン大統領と再会談していますが、そこで領土問題を解決してから平和条約を結ぶという手順に変わりがないことを確認したと言っていますからね。

 では、どういうシナリオが用意されているのか。まず、「一切の前提条件をつけず」というところです。これは、1956年の日ソ共同宣言に戻るということを意味します。この宣言では、平和条約締結後、歯舞群島と色丹島を引き渡す、となっていました。しかし、60年に日米の新安保条約が成立したことで、ソ連は、引き渡しの条件として「全外国軍隊の日本からの撤退」を加えてきたのです。プーチン大統領が言うところの「前提条件」とは、これを指します。ですから、「一切の前提条件をつけず」というのは、日本にとってプラスの話なのです。

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©時事通信社

歯舞、色丹が返還されたときに起きること

池上 平和条約さえ締結すれば、在日米軍がいても歯舞群島と色丹島は引き渡されるわけですね。

佐藤 実務としては、平和条約の中に、「歯舞群島、色丹島の引き渡しに関する協定を結ぶ」という一文が入り、協定交渉が始まることになります。

 しかし、それは1年や2年でできることではありません。たとえば、ロシアの運転免許を持っている人が、日本で車を運転してよいか。運転くらいならいいかもしれませんが、医師免許はどうか。ロシアでは看護師の職についたら医師になれる。そういう医師が日本国内で医療行為をやってよいものか。

 また、今、色丹島には3000人くらいの人がいます。引き渡しをされても、日本から行く人は数百人くらいでしょう。そうすると、現実的に考えて、日常的な共通語はどうしたってロシア語になります。行政機関はロシア語と日本語の2カ国語併用制になるでしょうが、ロシア人はロシア語だけで書類を書いて出すことを認められますが、日本政府が日本語で布告するときは、必ずロシア語の訳をつけなくてはならない。しかし、日本政府にはそれをするだけのロシア語要員がいませんから、養成するだけでも3年から5年はかかる。

 さらに、引き渡し後はロシア本土に帰るというロシア人をどうするか、日本の国籍を取得する人については、要件を緩和する必要もあります。在留許可や永住権も、在日韓国人、朝鮮人と同じレベルのものを整備しなくてはならない。