昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「『あ、これだ……』って閃いたんだ」“キックボクシング”が生まれた1964年バンコク決戦

『沢村忠に真空を飛ばせた男: 昭和のプロモーター・野口修 評』より #2

2020/11/18

まとまらないルール

 その間も野口修は、スタジアム側とルールに関する協議を続けた。

「投げ」と「頭突き」の採用は、黒崎健時が言い出したことだが、この頃になると、黒崎が憑依したように修自身の主張にもなっていた。話し合いは平行線を辿った。

 ある晩のことである。プロモーターのテンブンが「たまには食事でもしよう」と修を誘った。向かったのは馴染みの日本料理店である。

 舌鼓を打ちながら「ルールのことがなければ、楽しい夜なんだがな。本音では認めてもいい。ただ、この店みたいに日本式ならね」とテンブンは軽口を飛ばした。

「そのときだよ。『あ、これだ……』って閃いたんだ」(野口修)

 試合は2月12日に正式に決まった。

 3日前、野口修はバンコク市内のレストランで行われた、大会のレセプションに出席した。

 懸案となっていたルールだが、通常のタイ式ボクシングのルール(1ラウンド3分・2分のインターバル)に、「投げ」と「頭突き」を認めるという、折衷案の特別ルールが発表された。

 つまり、日本側の言い分が全面的に認められたのである。タイ式ボクシングが変則ルールを認めるのは異例のことだ。

 野口修はこう宣言した。

「3日後に行われる大会は、記念すべきもので、歴史に残るものになるのは、間違いないでしょう。そこで、私はこの大会を新たに作った競技として、『キックボクシング』と名付けることにします」

和製英語

 日本人が英単語をつなぎ合わせたり、微妙に言い換えたりすることで、実際の英語らしく作った言葉を、和製英語という。

「ガソリンスタンド」「ナイター」「ベッドタウン」……いかにも、それらしく用いられるこれら和製英語が、英語圏の国で用いられることはまずない。日本語の解釈の範疇で作られたためである。

 そんな中、実際の英単語と同様、本来の意味の通りに使用されているものもなくはない。

©iStock.com

 その代表的な一つが「キックボクシング」である。意味が明快なことと、競技自体が欧米でも広まったことが理由として挙げられる。

 名付け親は、野口修である。

《[Kick boxing] キックボクシングは動きの速い格闘技で、ボクシングの技と武術(主に空手)のけりを組み合わせたもの。伝統的なタイ式ボクシング(ムエタイ)やフルコンタクトに似ているが、キックボクシング自体は1966年に野口修が考案したスポーツである。勝敗は、ノックアウト、あるいは相手への打撃で獲得したポイント数によって決まる》(『スポーツ大図鑑』レイ・スタッブズ編/ゆまに書房)

 上の記述に「1966年に考案した」とあるが、実際は1964年2月のバンコク決戦が、キックボクシングのスタートだったのだ。