大記録の裏にあった四球の価値
今シーズン、スタジオを担当する2人のアナウンサーがいる。熱い想いを持って挑む両者を紹介したい。
火・水曜日担当は小川真由美アナウンサー。2011年から野球中継のない日の放送(いわゆる雨傘番組)のアシスタントをし、2016年からライオンズナイターのスタジオを担当、今年が6年目だ。スタジオを担当するまでは野球に疎く、「ボーク」を「暴君ですか?」と聞き返して松沼雅之さんを唖然とさせた過去を持つ。
しかし責任感と負けず嫌いの精神で野球を勉強し、初年度は週1回の担当にもかかわらず西武戦全143試合のスコアを付けるなど、血のにじむような努力を重ねた。そのうちにすっかりライオンズファンになり、今はライオンズが生活の一部になっているようだ。小川アナがスタジオに入る際に抱える「家出?」と訊きたくなるほど重いリュックには、選手一人ひとりの結果を全試合記録した資料が何年分も詰まっている。
印象深かったのは秋山翔吾選手(現シンシナティ・レッズ)が連続フルイニング出場の記録を535試合とし、愛甲猛さんが持つパ・リーグ記録に並んだ日の放送だ。試合が長引けばオンエアできないことは承知の上で、それでもフィラーをやるなら秋山選手の偉業を讃えたいと試合前に準備をしていたのだが、思いが通じたのか試合は2時間59分と短く、18分間のフィラーを放送することができた。プロ野球記録となるシーズン216安打や、歴代3位に並ぶ31試合連続安打など秋山選手が打ち立てた記録を振り返ったあと、「でも忘れられないのは、パ・リーグ記録に並ぶ32試合連続安打がかかった試合でのこと」と語り出した。
――2015年7月14日の楽天戦、西武が2-1とリードし試合は9回へ。秋山選手はここまで4打数ノーヒット。このまま勝てばもう打席が回らない――。しかし、そこでクローザーの高橋朋己投手が1点を失い同点。試合はよもやの延長戦に突入した。そして迎えた10回裏、秋山選手に5打席目が回ってきた。その打席、秋山選手の結果は四球。結局打席はこれが最後となり、連続試合安打は途切れることになる。しかし、秋山選手の四球のあと西武はチャンスを広げ、中村剛也選手のサヨナラホームランで勝利をおさめたのである。覚えている方も少なくないだろう。
小川アナは「打ちにいったって誰も文句を言わなかったと思います。その場面で、神様がくれた5打席目で、チームのために四球を選んだこと。記録は途切れたけれど、この姿がチームに勝利をもたらしたと思います」と秋山選手の姿勢を涙ながらに讃えた。
この放送はリスナーの共感を呼び、反響も大きかったと記憶している。愛に溢れた、小川アナにしかできない会心のフィラーだった。
祝杯は2人であの店で
木・金曜日を担当するのは鈴木純子アナウンサー。1999年の1年間スタジオアナウンサーを担当、そして2019年、20年ぶりにスタジオアナに復帰した。「母が熱狂的な巨人ファンで家のテレビは常に巨人戦」という鈴木アナは野球が体に染みついているのだろう。20年ぶりと言いながら、復帰当初からスコアをすらすら書き、当然のようにランニングや赤紙(試合経過・結果を記したものをこう呼ぶ)を読んでいた。
とは言え、ライオンズの情報に関してはかなり気合を入れてアップデートしていたようで、普段取材をしているアナウンサーに選手の情報を聞き、記事やツイッター、あるいは一般の方のブログにまで目を通し(!)、選手の人となりを丹念に調べ上げていた。家に帰れば妻であり母である鈴木アナのどこにそんな時間があるのかと思うほど、ライオンズのことをよく調べ、知っている。
家で母業をこなす鈴木アナだが、実はスタジオでも所々でお母さん感を出している。木村文紀選手が活躍したときなどは我が子のことのように跳ね上がって喜んでいるのだ。それをこちらも笑いながら見ているのだが、「あ、この打席、さっきとは目が違うわ。いいんじゃない?」などと突然鋭いことを言ったりするから面白い。選手の結果も気持ちも、すべてに想いを込めて見つめる鈴木アナは、スタジオでも母のようなのだ。
そんな鈴木アナにスタジオワークでの聴かせどころを訊くと「最初と最後」と答えが返ってきた。「最初」はいわゆる前口上で、「この日に至るまでのライオンズのチーム状態、それを踏まえての試合の見どころ・聴きどころを限られた秒数で的確に伝える」必要がある。一方「最後」はフィラーの部分で、「その日のツボと、翌日への希望を伝える」必要がある。選手を観察しまくって見つける「その日のツボ」は、毎回興味深い。
プロとしての目と、母のような心。鈴木アナの視点にはこの両方があり、面白く、かつほんのり温かい気持ちにさせられる。
個性あるスタジオアナ2人だが、共通して土台にあるのは何と言ってもライオンズへの愛だ。2人とも、本番や打ち合わせ以外でもライオンズのことばかり話し、ラジオなのにユニフォームを着てマイクに向かう。ときに本気で喜び、ときに本気で悲しむ。リスナーと同じようにチーム・選手に対する想いがある。2人の言葉は、「想いを言葉にした」というより「想いが溢れて言葉になった」と言うべきだろう。
ちなみに、2人はお互いの放送を必ずチェックし、連絡を取り合っているそうだ。優勝に備え、祝杯を挙げる店まで決めていると言うのがなんとも2人らしい。
実況のように自由に絵を描けるわけではないスタジオアナウンサー。限られた時間の中で熱く伝えること、その言葉を選ぶ作業は、決して楽なものではない。こう言うべきだったのでは……、これを伝えるべきだったのでは……、と悔しがる姿を私は何度も見ている。
それでも、チームが勝てば「いい試合だったわね」と笑って言う彼女たちのプロとしての姿を見るたびに、多くの人の手で作る野球中継が改めて愛おしいものだと感じる。
かつて、長嶋茂雄さんが画廊に絵を見に行った際、「この額縁は素晴らしいね」と言ったというエピソードがある。ライオンズナイターの絵を支える額縁も、絵に勝るとも劣らないものだ。ライオンズナイターを聴くときには、いつもよりほんの少しだけ額縁にも注目してみてほしい。
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