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「必ず活躍するドラフト1位選手だけを連れてこい」とよく似た話

*****これは野球コラムである

 東北大学がこの様な一見到達不可能にも見える高い理想を実現する為に、どの様な具体的な措置を取ろうとしているのかは、報道だけからはわからない。しかしながら、普通に考えれば、何かしらの大きな成果を出す為には、その作業に従事する幅広い「すそ野」となる人材が必要だろう。「必ず値上がりする株」だけを買えない様に、「必ず引用される論文」だけを書ける訳がない。だから仮に重要論文の割合を増やしたいなら、最も簡単な方法は、大量の論文を用意しておいた上で、大きな期待ができない論文は最初から出版せずに葬り去る事だろう。しかし、それでは今度はもう一つの目標値である、全体の論文数の増加を達成する事は出来ない。

 こうして見ると、日本の監督官庁やその高等教育行政が求めているのは、「お金を渡すから、必ず活躍するドラフト1位選手だけを連れてこい」というのに、よく似ている事がわかる。しかし、それでは「チーム」は維持できない。大学の世界では個々人に移籍の自由がある以上、本当のスーパースターは少しでも実績を挙げればすぐにFAを宣言し、遥かに待遇の良い他国の大学に移ってしまうだろう。そもそも「ドラフト」で、初年度からレギュラーで使える有望選手ばかりが取れる訳がない。MLBとNPBと同じく、日本と他国の大学の間に大きな収入の開きがある中、優秀な選手がこの国の大学に好んで来てくれる筈がないからだ。

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 だとすれば、我々が行うべきは少しでもすそ野を広げて、多くの若手を育成し、第一線で戦える人材に育てていく事だろう。そしてその場合に必要なのは、何よりも安定した環境だ。研究者もプロ野球選手も常に順調に育つとは限らない。壁にぶつかる事だってあるし、故障する事だってあるだろう。そんな時重要なのは、彼等をきちんとケアし「TOP10%論文」が書けるようになるまでに育て上げる環境だ。そしてその為には一定の人件費を振り向けて、若手の成長を粘り強く待つ事が大事になる。

若手の為の具体的な育成システムが必要である

 オリックスでは吉田正尚が去り、山本由伸も今年のオフにもMLBに挑戦すると言われている。宮城だって山下だって、何時かはこの国を離れて新たな舞台へと飛躍するかもしれない。にも拘わらず、オリックスがチームとして勝ち続ける事ができたとすれば、それは彼等に続く新しい人材が次々と育成されて来た場合だけだろう。故障からの復活をはかる椋木やルーキーの曽谷。そして、長い長い育成期間を経て遂に先発ローテーションに定着しつつある東。トミー・ジョン手術を受けた山崎颯一郎の回復には随分時間がかかったし、それは本田も黒木も近藤も同じ事だ。そしてその場合に、重要だったのはオリックスが彼等を雇用し続け、心身双方のケアを与え続けた事だった。

 若手研究者も人間である以上、将来の保証がなければ安心して仕事をする事はできない。彼等は大学や監督官庁が成果を誇る為の数字を生み出す道具ではないのである。当然の事ながらそこには、育成のシステムが必要だろう。しかし、今の日本の大学や監督官庁にはその準備はあるのだろうか。威勢の良い数字に踊らされた先に待っているのは、嘗てのインパールの戦いの様な泥沼かも知れない。そしてその戦いに敗れた時、「大本営」が我々の骨を拾ってくれる保証はどこにもない。

 だとすれば、日本の大学に必要なのは、現実離れした数値を、目の前の資金欲しさに形だけ示すのではなく、より身の丈にあった、目の前にいる若手達の為の具体的な教育や研究の為の、育成システムの構築を改めて考える事なのではないだろうか。そしてそう思うのは、筆者がオリックス、という若手の育成システムに成功しているチームのファンだからだけではない、と思うのだがいかがだろうか。

若手の育成システムに成功しているオリックス ©時事通信社

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