薛剣の過激な言動の数々。放送禁止用語もなんのその。
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2021年10月20日、中華人民共和国駐大阪総領事館内の応接室。ネクタイと靴・靴下がミスマッチな、中国的大人(ダーレン)ファッションで薛剣を取材する私。担当編集者撮影。
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同年代らしき中国人と意外な会話も。1989年、北京の大学生として「あの一件(=天安門事件)を経験した」と明かし、「愛国的な青少年が下心ある連中にたぶらかされた」「中国の問題の解決を外国人に任せてはならなかった」と話す。なお彼の母校は、五四運動記念日の5月4日をはじめ天安門デモへの大規模な学生参加が確認されている。
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薛剣の故郷(Google Mapsの画像より)。現地には『漣水薛氏族譜』(薛一族の家系図)も伝わる。この族譜の薛姓は元末明初に漣水県に移住した薛祥という人物が開祖で、それから代々、男子に一文字の名前をつけている模様。親族かもしれない。
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アカウント開設の1週間後、アメリカのアフガン撤退を揶揄する画像を投稿して一気に話題をさらった。中国国内ではこの手のブラックジョークは面白がられるのかもしれないが……。
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10月30日、薛剣は大阪府岸和田市内で援農ボランティアに参加。アムネスティだけではなく本物の害虫も駆除できる総領事だ(写真左。同日の彼のツイートより)。右は後日に同じ援農ボランティアに参加してみた私。
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8月4日、18禁ゲームをやりすぎたらしい前公式アカウント担当者・オタク外交官によるトホホ投稿。時系列から推理する限り、彼の失敗が8月11日の薛剣本人のアカウント開設と、総領事館アカウントの「中の人」交代を招いたかと思われる。
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10月30日、援農ボランティアに行った薛剣は素人離れした速度でミニピーマンを収穫。さらに別の農園でも、硬い土壌に辟易する部下をよそに「私が幼いころの中国農業は機械化されていなかった」と話しながら素手で巨大なサツマイモを掘り出したという。写真は本人ツイッターより。
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