今年8月4日、中華人民共和国駐大阪総領事館による15:54:09付けのツイートがちょっとした話題になった。近年になり西側各国から厳しい目を向けられている、新疆ウイグル自治区における少数民族弾圧問題に関係した内容である。

問題のツイート。時刻が午後2時台なのは中華圏の端末でアクセスしたスクリーンショットであるため。

 内容の正誤や道義的な妥当性はさておき、いかにも中国の在外公館が言いそうなことである。中国外交部は近年、西側各国に対して攻撃的・挑発的な言葉をぶつける「戦狼外交」の姿勢が常態化(この記事も参照)。駐大阪総領事館もその例外ではないというわけだ。

 しかし、今回のツイートには大きな問題があった。カッコをつけて凄んでみせたつもりが、陵辱モノ18禁ゲームの竿役みたいなセリフのせいで、とんだマヌケ文章になってしまったからである。

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 結果、日本のネット上ではプチ祭りが発生。「日本人を笑わせて中国への親しみを抱かせるための高等なプロパガンダ戦術では?」と、うがった見方も飛び出したものの、当該のツイートは後日になり削除された。どうやら、純然たる言葉選びのミスだったらしい。(全2回の1回目/後編に続く

(なお、新疆の少数民族を対象にした強制収容や強制労働・不妊手術などの実態については、ドイツの人類学者エイドリアン・ゼンツが精緻な調査結果を発表している。筆者(安田)は8月10日発売の月刊『文藝春秋』9月号にゼンツへのインタビュー記事を寄稿したので、ぜひご覧いただきたい)

なんと現代中国語の単語に

 ところで、そもそも「口が嫌だと言っても、体は正直なものだ」などという言葉がなぜ中国人の文章に登場したのか。ツイート自体の主張は賛同できなくても、理由には理解できる事情もある。実は【口嫌体正直】(kǒu xián tǐ zhèng zhí)は、現代中国語の単語としてかなり一般的に使われているからだ。

 もちろん、単語の起源自体は日本語のエロ漫画か18禁ゲームである。日本の二次元文化は、1990年代からゼロ年代にかけて(かなりの部分は海賊版の形で)大量に中華圏に流入しているのだ。

 萌えを意味する【萌】(méng)、BL愛好趣味を意味する【腐】(fǔ)、アニメやマンガなどを意味する【二次元】(èr cì yuán)など、本来の字義から離れた意味で現代中国語として定着してしまった単語もかなり多い(これは中国大陸だけではなく台湾や香港も同様だ)。

【口嫌体正直】もそのひとつである。以下、この手のスラングや新語をまとめた『中華オタク用語辞典』(はちこ著、文学通信)から解説を引用しよう。

「口嫌体正直」は日本のエロアニメなどでおなじみのせりふ「ロでは嫌がっても、体は正直だな」の、漢字だけをピックアップして作られた言葉である。最初はエロアニメに限定して使われていたが、 最近はそれほど性的な意味はなく ツンデレのキャラクターに対して使われる。

 結果、いまや本来の性的なニュアンスはほぼ忘れられ、ちょっとユーモアのある慣用表現として定着してしまった。たとえば、Googleの中国語入力IMEで「kou xian ti zheng zhi」と入力すると一発変換で【口嫌体正直】と表示されるし、ウェブ百科事典の『ウィクショナリー』中国語版や、中国のウェブ百科事典『百度百科』にも独立した項目が立てられているほどだ。