ここのところ40日以上にわたり、私は53歳の中国人男性を追いかけ続けてきた。相手の名は薛剣(Xue Jian)、2021年6月に着任した中華人民共和国駐大阪総領事だ。

 ツイッター(@xuejianosaka)でやたらに暴言を発している中国人外交官──と書いたほうが、ピンとくるネットユーザーも多いかもしれない。彼は8月11日にアカウントを開設して以降、過激なツイートを多数投稿している。

薛剣の過激な言動の数々。放送禁止用語もなんのその。

 そこで、私が薛剣に面会を申し込んだところ、なんとまさかの快諾。10月20日に駐大阪総領事館内で長時間の取材に応じてもらえた。詳細は12月10日発売の『文藝春秋』2022年1月号に記したが、本誌では書ききれなかった話を記しておこう。

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総領事館から援農活動まで徹底追跡

 取材当日、私はスマホやクレジットカード、免許証などデジタル情報を読み取れるものはすべてホテルに置き、現金と保険証だけを入れたGPSタグ付きの財布とデータを初期化したiPad1枚のみを持参。取材中は唾液が残る可能性を考えて水も飲まず、イスや机に指紋がつかないようにも気を配った。

 だが、出迎えた薛剣と2人の総領事館員に緊張感はまったく感じられなかった。のみならず、取材時の薛剣はなぜか私に対して「中国語が上手なんですね」「若い人が来て驚きました」と、そんな感想ばかりを口にした(理由は後述)。こちらのインタビュー内容は「中国の真の姿を見てほしい」と題して『文藝春秋』で公開している。

2021年10月20日、中華人民共和国駐大阪総領事館内の応接室。ネクタイと靴・靴下がミスマッチな、中国的大人(ダーレン)ファッションで薛剣を取材する私。担当編集者撮影。

 もっとも、さすがに人権団体を害虫呼ばわりして西側の民主主義体制(=日本の国家体制)を否定する中国外交官の主張を、一方的に掲載するわけにはいかない。私は同誌上にもう1本、薛剣の過激なツイッター活動の背景を分析する記事「中国総領事、吠える」を寄稿している。

 彼は何者なのか。私は日中両国の多数の関係者を通じて、薛剣の生い立ちや過去の言動を調べ上げた。さらに駐大阪総領事就任後の活発な対外訪問に着目し、彼が立ち寄った関西各地の農園や寺院、動物園などの関係者や現場の目撃者にまで話を聞いた。

天安門世代のリベラル派がバリバリの反米言説

 詳しくは本誌の記事に記したが、ここで要点を書いておけば、どうやら薛剣の派手な言動の背景には中国外交部(日本の外務省に相当)のジャパン・スクール(日本語人材)における出世レースの激化がある。駐大阪総領事の薛剣と、東京の中国大使館に勤務するライバルが、近い将来の駐日大使の座をめぐり競い合っているようなのだ。

同年代らしき中国人と意外な会話も。1989年、北京の大学生として「あの一件(=天安門事件)を経験した」と明かし、「愛国的な青少年が下心ある連中にたぶらかされた」「中国の問題の解決を外国人に任せてはならなかった」と話す。なお彼の母校は、五四運動記念日の5月4日をはじめ天安門デモへの大規模な学生参加が確認されている。

 北京時代の薛剣を知る人物によると、かつての彼は中国のお役人としてはかなり開明的で、日本の記者にも友好的だったらしい。だが、近年の中国外交部では「戦狼外交」(後述)がブームだ。昨年以来、東京の中国大使館は台湾がらみで政治的な失点を重ねて北京の怒りを買っている。薛剣としては、ここぞと派手に動いてライバルを出し抜き、ポストを取りにいかんと勝負に出たようである。