トランプ米大統領が9年ぶりに中国を訪問し、習近平国家主席と会談する。会談では、台湾問題をはじめ東アジアの安全保障問題についても協議される見込みだ。
国際情勢が混沌とする中、日本は中国とどう対峙すべきなのか。「文藝春秋」5月号に掲載された前駐中国大使・垂秀夫氏の提言を一部紹介します。
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戦争に敗れて領土が割譲されることは、歴史上あり得る。しかし、平時において領土主権が脅かされているにもかかわらず、国民から政治家に至るまで危機感が希薄であるとすれば、それは国家として異常な状態であると言わざるを得ない。
尖閣問題の推移を振り返れば、日本政府は「平穏かつ安定的な維持・管理」を一貫した基本方針として、「大人の善意」に基づく適応型の対応を取り続けてきた。これに対し、中国側は国家を挙げた対応――公船の投入、経済的威圧、反日デモの動員――を組み合わせた総合的行動を取ってきた。近年では、中国の海警船による活動が、尖閣諸島周辺海域において常態化している。具体的には、海警船が荒天時などを除き、ほぼ毎日のように尖閣諸島周辺の接続水域内に侵入し、航行・滞留する状況が続いている。また、日本の領海内への侵入事案も断続的に発生しており、その頻度は月に複数回に及ぶことが日常的となっている。
これらは、いずれも国際法上直ちに主権移転を意味するものではないが、中国側が公船を用いて活動の常態化を図り、日本の対応能力と意思を試し続けていることは明らかである。他方で、日本側も海上保安庁による警告・監視・退去要求を一貫して継続しており、法執行の実態としての効果的支配が失われているわけではない。しかし、中国によるこのような低強度の圧力が長期にわたって積み重なれば、日本に不利な既成事実が形成されかねないという構造的リスクを内包している点は、冷静に認識しておく必要がある。
最悪を想定しつつ、最善を静かに準備する
では、日本はこれからどうすべきなのか。
必要なのは、勇ましい言辞でも感情的な対中強硬論でもない。国家として「最悪を想定しつつ、最善を静かに準備する」ことである。戦略とは善悪の基準でも、勇ましさでもない。不確実な世界において、自国の生存と国益を守るために、平時から手を打ち続ける営みである。
今こそ求められるのは、「戦略的臥薪嘗胆」とも言うべき発想である。現実の彼我の国力を直視し、時間を味方につけるための能動的戦略と言ってよい。いまは無理に勝ちに行かず、法的正当性の制度化、実効支配の可視化、教育・世論形成、国際発信と同盟連携を、淡々と積み上げていくのである。




