イタリアは静かすぎる初夏を過ごしている。アッズーリ(イタリア代表の愛称)のいないW杯もこれで3大会連続だ。
もし、14年ブラジル大会以来の本大会出場を決めていれば、今頃バールやキオスクで代表や試合についての話題に花が咲き、スーパーマーケットや大型家電店ではW杯記念セール真っ只中のはずが、どこに行っても誰に会っても「モンディアーレ(=ワールドカップ)」のモの字も出てこない。
治りの遅い傷口に触れることを恐れるように、誰もがサッカーの話題を避けているフシすらある。地中海の長靴の形をした半島は“サッカーの国”のはずなのに、大西洋を挟んだアメリカでの熱戦は異世界の出来事のように現実味がないのだ。
今年3月の欧州予選プレーオフ敗退が、イタリアサッカー界に与えた精神的ショックは深い。経済的ダメージも甚大だ。
有力全国紙『レプッブリカ』の分析記事によれば、北中米W杯出場を逃したことでFIGC(イタリアサッカー連盟)の今年度収支に660万ユーロ(約12億2000万円)の損失が出る見込みだ。
イタリア共和国のGDPのうち、W杯効果による外食産業や賭博、雇用に使われたはずの3億2100万ユーロ(約594億円)相当の支出機会も失われたという。
ワールドカップで戦うイタリア代表を見たことがない世代が登場
さらにイタリアサッカー界は、本大会の出場給やスポンサー収入以上のものを失おうとしている。彼らが今、最も危惧しているのは若者層の“サッカー離れ”だ。
多くのイタリア国民にとって“代表チームが戦うW杯”は、家族や親戚とともに“人生で初めて何かのチームを応援する原体験”を意味していた。それが2014年以降、そっくり12年間も抜け落ちた。その結果、イタリアで何が起きているか。
有力紙『ラ・スタンパ』が今月行ったアンケート調査によると、18~24歳世代のほぼ半数にあたる45.9%が「イタリア代表がどうなろうと関心がない」と答えた。
スポンサーバリュー調査会社による別のアンケートでは、国内でサッカーに関心がある層のうち45歳以上が42%を占める一方、14~24歳はわずか16%に留まった。
アッズーリは政治信条や社会的立場、地域感情などを超えて人びとを繋ぎ、思い出を分かち合うための中心的な存在だった。


