近現代史研究者の辻田真佐憲氏の好評連載「『戦後』の正体」。8月号に掲載された最新回では、日本の選挙戦略の転換について論じられた。その中でも「代議士ソング」に触れた箇所から一部を紹介する。
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現在では忘れられた「代議士ソング」
「福田赳夫の福田赳夫の 心意気ヨイヨイ 上州生まれのよい男 サテ」(「福田音頭」)
「情熱と力のひとよ 大平先生 われらの矜持(ほこり)」(「大平正芳先生の歌」)
なんだこれはと思わず面食らう。1960年代なかば、このように面妖な「代議士ソング」が盛んに作られた。その名のとおり、国会議員(とくに衆議院議員)の応援・宣伝ソングである。のちに首相となる政治家のものでは、ほかに「海部俊樹のうた」「小渕恵三のうた」などが確認できる。
代議士ソングは今日ではほとんど忘れ去られた存在であり、政治史や音楽史の研究でも顧みられることは少ない。だが、中古レコード店を探せば、しばしば当時頒布されたものを見つけることができる。讃歌あり、音頭あり、マーチありと、そのジャンルは多種多様だ。
その目的は、政治家の名前を普段から有権者に浸透させることだった。公職選挙法では、選挙期間に入るまえの事前運動は禁じられている。だが、「投票してほしい」と直接訴えないかぎり、ただちに違反とはならない。そのため、後援会を中心に政治家の人間像を宣伝するものが多数制作された。
こうした代議士ソングの第1号は、1963(昭和38)年に制作された「荒舩清十郎の唄」とされる。
荒舩清十郎は埼玉3区(旧中選挙区、以下同じ)の自民党代議士で、のちに第一次佐藤栄作内閣の運輸大臣を務めたが、地元の深谷駅に国鉄の急行停車を働きかけたと批判され、辞任に追い込まれた。よくも悪くも面倒見のよい親分肌の政治家で、歌詞も「男一代」「その名 荒舩 荒舩清十郎」と浪花節色の濃いものだった。
だが、代議士ソングの真の立役者は、この歌を作詞した森菊蔵というべきだろう。


