沖縄県知事選が終わった。当選したのは古謝玄太氏。元総務官僚で前那覇市副市長。自民、維新、国民、参政、保守、公明県本部推薦を得て、現職の玉城デニー氏らを破って初当選した。玉城氏に約14万7000票差をつける大差での勝利だった。

当選した古謝玄太氏 (筆者撮影)

告示直前に下地幹郎氏が撤退

 私は現地で選挙戦の前半と後半を見た。大事だと思ったポイントを書いていこう。驚いたこともかなりある。

 まず最初のインパクトが、告示直前の下地幹郎氏の撤退だった。下地氏は衆院議員を6期務め、国務大臣も経験した沖縄政界のベテラン。「第三極」を掲げ、教育無償化や鉄道整備、観光振興など「国に頼らない沖縄」を訴えていた。

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 ところが告示直前、一転して撤退した。保守票の分裂が避けられ、古謝氏に有利になるとみられただけに、下地氏がどう説明するのかに注目が集まった。

 さっそく撤退会見を現場で見た。下地氏は「当選に至る勢力がない」と説明。そのうえで自民党本部と政策合意を結んだと表明。
 
 子どもの貧困対策300億円、普天間飛行場の返還日の設定、鉄軌道の早期着工、G7サミット誘致である。勝てない選挙を続けるより政策を実現する道を選んだという。

 記者からは「出来レースでは」「自民と将来の選挙の密約があるのでは」と厳しい質問も飛んだ。

 そして、この撤退劇でもう一つ驚いたことがある。「第三極」を掲げていた下地氏の撤退に向けて動き、調整役を務めたのは自民党の鈴木宗男氏だった。これに対して自民党の沖縄県連は「寝耳に水」だと地元紙は伝えた。

 沖縄の知事を決める選挙なのに、沖縄を飛び越えて東京で話が進んでいたのか。鈴木氏は後に「頭越しでもいいじゃないでしょうか」と公言した。