仲代達矢と平幹二朗。両者とも、八十歳を超えてもなお主演舞台に立ち、現役の役者として凄味を見せてきた。

 二人に共通するのは、過去の名声に決して甘んじることなく、絶えず挑戦と成長を続け、新たな姿を観客の前に披露し続けてきたことだ。

 もし今、そんな二人が新作舞台で共演したら――。筆者はよく、そんなことを夢想していた。かつては同じ俳優座に属していながら道を別った者同士が、どのような邂逅(かいこう)を果たし、そしていかなる名人芸の火花を散らし合うのか。繰り広げられる極上の空間に直に触れることを、夢に見ていた。だが先日、平が急死してしまったことで、それは叶わぬ夢に終わってしまった。

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 そこで今回は、両者が五十年前に共演し、壮絶な演技合戦を繰り広げた映画『他人の顔』を取り上げつつ、想いを馳せることにしてみたい。

 本作は脚本が安部公房、監督が勅使河原宏だけあって、全編にわたりシュールで前衛的な内容になっている。

1966年作品(122分)ソニー・ミュージックエンタテインメント レンタルはVHSのみ

 主人公(仲代)は勤務中の事故で大火傷を負ってしまい、顔中に包帯を巻いて過ごしていた。そのために強いコンプレックスを抱き、美しい妻(京マチ子)や会社の同僚たちに卑屈な皮肉ばかり言うように。

 やがて彼は、医師(平)の提案で人工皮膚のマスクを被り、包帯を外して「新しい顔(劇中では仲代自身の顔)」を手に入れ、別人としての二重生活を送ることになる。そして、自らのコンプレックスを晴らそうと思い立ち、「新しい顔」で妻を誘惑していった。

 医師は主人公を心理実験の対象と捉えており、行動を定期的に報告するように求めている。そのため、仲代と平が対峙する場面は多い。

 仲代は、人間のコンプレックスやそのために生じる苛立ちを、どこかすっとぼけたような軽妙さで演じている。対する平は、恰好の実験材料に出会えて喜びを隠しきれないマッドサイエンティストを、ぬめり気のある笑みを浮かべながら、厭らしい雰囲気で演じた。二人の醸し出す対極的な狂気が、徹底してデフォルメされた真っ白な背景の無機的な前衛空間でぶつかり合うものだから、双方の芝居がより浮き彫りに映し出された。

 そして気づくのは、この段階ではまだ平が仲代に遠く及んでいないことだ。内面の奥底から這い出てくるような仲代の狂気に対し、平の芝居はまだどこか固さがあり、その狂気も表面的に見えてしまう。

 たとえば、本作を今の二人でリメイクしたら。ふと、そんなことを考えた。とんでもない妖気をまとうようになった平を、仲代はどう迎え撃つのだろう。せめて、そんな想像で気を紛らわすしかない。