1986年作品(140分)
アミューズソフト
4800円(税抜)
レンタルあり

 ここのところ筆者の中で「エア登山」が流行っている。山の画像やルートマップを見ながら「俺なら、こう攻略する」と空想するだけの行為だ。

 体力も精神力も運動神経もないため、実際には数百メートルのハイキングだけで息が上がり、心が折れる。だが、「エア登山」している間はいっぱしの登山家の気分になれる。最近では急峻な岩壁や八千メートル級の山々の冬季登攀も成功させ、未踏峰や未開拓ルートに挑戦するようになった。おかげで、これまでは「なんでこの人たちは、わざわざ命の危険を冒してまで次々と困難に挑んでいくんだろう」と疑問に思っていたのが、ほんの少し、頭でだけ、理解できるようになった。一言で表せば「挑戦に対する本能の昂ぶり」ということだ。

 空想をよりリアルで克明なものにするべく、情報収集にも努めた。結果、たいていの有名な山は、さも本当に登ったかのように語れるようになった。その際に参考にしていたのが、関連書籍はもちろんだが、登山家を描いた映画だ。

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 今回取り上げる『植村直己物語』も、そんな一本だった。五大陸最高峰登頂と、犬ぞりによる北極点単独行を人類で初めて成功させた実在の世界的登山家で冒険家の植村直己を、西田敏行が演じている。

 残念ながら、私生活や人情話を重視したがる日本映画の悪癖もあって、物語の多くは植村夫妻や周辺の交流の描写に割かれ、肝心の登頂が写真とテロップで手短に処理されることも少なくない。それでも、モンブランでのクレバスからの脱出、初のヒマラヤでの垂直な氷壁との戦い、日本人初のエベレスト登頂での登山ルート構築や雪崩の恐怖――自分がその場にいたらと考えると思わず足がすくんでしまう映像の数々は、筆者の空想をより具体的に補完する上で、十分な素材となった。

 特に印象的だったのは、二度目のエベレスト登頂をするために国際登山隊に参加した際の場面。撤退する外国人二人組は急峻な岩壁で一人が滑落、断崖からザイルで宙吊りになってしまう。だが、相方にそれを助ける余力はなく、「助けてくれ!」と必死に懇願する絶叫を放置して下山した。

 相手を助けようとすれば、自らの命も危うくなる。生き抜くためには時に非情になり、断腸の決断を下さなければならない。それが、山なのだ。

 いくらでも自身が万能になれる「エア登山」だとつい無視してしまいがちな、山の恐ろしさや残酷さを追体験することができた。そして、その感覚を身に染み込ませることで、よりサスペンスフルな空想が可能になり、「エア」の楽しさはさらに増していった。

 これは、病みつきになる。