北村さんは著書『衣裳術』で、映画『殺し屋1』でヤクザを演じた浅野忠信とのエピソードを以下のように語っている。
「浅野忠信君が演じた垣原という役は金髪という設定だったから、わたしが『腋毛も胸毛も下の毛も金色じゃなきゃ嫌なんだ』って言ったら、浅野君は全部染めてくれた! ラストシーン、パーッと浅野君がビルから落下していく。あそこが一番大事なシーンだから、黒い胸毛が出たら最悪じゃない。でも、あそこまでやってくれる奴っていないよ。あの時期は、浅野君とわたしのいいコラボレーションだね。」
素晴らしい俳優は“ゼロ”である
――浅野さんは変なこだわりがないタイプだった、ということでしょうか。
北村 そう。素晴らしい俳優っていうのは、“ゼロ”だと思うんですね。いい映像のためなら、自分を消して、なんだってやる。そういう俳優って、やっぱりおもしろいんですよ。
村上淳もそういうタイプ。雑誌の撮影とかで、「俺がさ、死体って設定でちょっと撮ってみてくんない」とか言い出すわけよ(『衣裳術2』にこのときの写真の掲載あり)。そこに映画監督がいたら「これ、いただきだな」と思っちゃうじゃない。そういう瞬間が生まれる現場が、客観的に見てもおもしろい現場なんですよ。
――逆に言えば、そういった俳優のおもしろさを逃さない映画監督が、素晴らしい映画監督ということでしょうか。
北村 そうですね。だから、監督って地の役者をどうやって生かすか、いつも考えて台本を書き直したりするんじゃないかな。
私、小津安二郎の映画が好きなんだけれども、小津にしても、別荘で脚本家がいて、みんな「こういうことやったら、あいつはこういう演技するんじゃないの」とか勝手に言い合ってたりしたんじゃないかなって。役者を一人ひとり呼び出してセリフ言わせて、「だめだなこいつ」ってなったり、「意外とおもしろいじゃん、こいつをこっちにスイッチしちゃおう」って話し合ったり。あの頃はそうだったんじゃないかな。私の妄想ですけどね。
門脇麦の撮影で起きてしまったハプニング
――『衣裳術2』は、雑誌「T.」での映画俳優をモデルにした連載がもとになっています。やはり映画俳優と仕事したいと思うのですか?
北村 ない。思わない。だって、見渡してみてよ。コマーシャルも、雑誌も何もかもみんなおなじ俳優が区別なく出てるじゃないですか。
わたしはもともと、スーパーモデル時代の広告の人間なんですよ。モデルって、たとえば日本の人じゃなくても、「日本茶飲んでください」ってお願いしたら美味しそうに飲んでくれるでしょう。おもしろい絵が撮りたかったら、概念、記号になってもらわなきゃいけないじゃない。
日本の映画は最近見てないから、俳優の顔もわからない。以前、門脇麦さんの撮影で、間違えてマネージャーさんのほうを一生懸命スタイリングしちゃって。
――ハプニングですね!
北村 途中でスタッフが気づいて、「おいおいおい、北村さんがマチガってるよ」って(笑)。
でも、門脇さんは素敵でしたよ。「ごめんなさい、間違えました」と謝ったら、「あ、全然大丈夫です」という感じで。「あなた性格いいね、でも顔写さないつもりだけどいい?」って聞いたら「いい」って言うので、頭に作品をかぶってもらった。
――それが今回の『衣裳術2』の表紙に。
北村 結果、いい写真でしょ? 彼女も、そういう意味では“ゼロ”な俳優なのかもしれない。素晴らしいモデルを成し遂げてくださいました。