『前世は兎』(吉村萬壱 著)

 物語には二つの“極”がある。一方の極では、爽やかでがんばり屋さんの主人公が、難局に直面しつつも山を越え谷を下り「なるほど~」と納得の結末に至る。つい、がんばれ! と応援したくなる。

 もう一方はすべてが逆。わけのわからない病的な主人公が自ら難局を招き、世界に亀裂を生み、謎の終わり方をする。読者は唖然とするばかり。応援どころか拒絶したくなる。違和感だらけなのだ。でも、その分、「語りの芸」がある。それを生かすために物語の枠を壊すのだ。

『前世は兎』はまちがいなく後者である。みなさんは表題作のこんな筋書きをどう思うだろう。主人公葉月は前世が兎だったと言い張る女子小学生。自分に性的暴行を働いた教師の精液を保存して強請(ゆす)り、同級生男子の「野獣臭」を嗅ぎつけて激しい性関係に至る。少年の父親とも関係。その後もセックス三昧で、中学高校で交わった相手は二百六十五人。その後、「野獣臭」の少年と再会、彼が前世で自分の夫だと判明……という展開だ。

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 何たる荒唐無稽さ! でも、主人公の述懐には有無を言わせぬ力がある。リアリティがゼロなのに絶対的な威力を持つ。

 本書に収められた短篇の人物たちは一様に性的にマニアックでしつこい。要するに、ヘンタイなのだ。そして多くのヘンタイ的な性の天才と同じく、メチャクチャな展開をものともしない生命のエネルギーをたたえる。