50代で家を出て山小屋で働き始めた父親
宮坂 ここ15年ほど、バックカントリースノーボードとトレイルランをやっています。17~18年前に、トレランを始めるきっかけになったのは、下嶋渓先生の『ランニング登山』を読んで「なんて格好いいんだ」と思ったこと(笑)。実は高校の時、山岳部だったんですよ。
角幡 あっ、そうなんですか。
宮坂 父親がね、山男だったんですよ。突然、50代で家を出て山小屋で働き始めたんです。
角幡 アルバイトではなくて?
宮坂 違います。私は山口県出身なんですけど、それまで真面目に工場で働いていた親父が、私が大学に入る頃に「もうやることはやったから、好きなことをやらせてくれ」と言い放って、上高地に移住したんです。53歳の時でした。
角幡 一人で、ですか?
宮坂 はい。「もっと奥に行きたい」と言って、立山や三俣蓮華へ。住み込み宿や小屋で働いていたんです。まさに「脱システム」ですよね(笑)。当時の私は、大学の仕送りもほとんどもらえませんでしたし、「なんて無責任な父親だ」と思ったものです。でも、自分があと数年で同じ年齢になると思うと、「なかなかこれはできんな」と思います。もう親父は亡くなったんですけど、ちょっと見直しているんです。
角幡 よっぽど、何かがたまっていたんですね。
宮坂 行きたくて、仕方がなかったんだと思います。
目標を紙に書いて壁に貼ったりしますか?
――お二人は日頃、人生のゴールや目標について考えていますか?
角幡 僕はないですね。2~3年先のことまでしか考えられないです。「昔のエスキモーみたいな旅をしたい」とか、そういう目標はあるんですけど。
宮坂 目標を、紙に書いて壁に貼ったりするんですか。
角幡 ないです、ないです。
宮坂 しないんですか。それはすごいですね。
角幡 えっ、そんなことするものなんですか?
宮坂 よく言うじゃないですか、目標は手帳に書いておけとか。紙に書いて毎日見ようとか。
角幡 考えごとをしていて「これはいつか原稿に書きたい」と思いついた時は、備忘のためにメモを取りますけど、あとはないですね。
宮坂 そうなんですか。ビジネスの世界ではわりと普通に、中期の目標や長期の目標を紙に書いて(笑)。
角幡 いや、でもそれをやると、縛られてしまうじゃないですか。目標に固執してしまうのが僕は嫌なんですよ。要するに、思いつきに呑みこまれていくのが正しいんじゃないかなと。
宮坂 思い付きに呑みこまれていく。いいですね(笑)。
角幡 犬橇をやってみたいな、と思ったのも、今年の春にまたフラフラと、『極夜行』で行けなかったエリアに行っていて、その時にアザラシがいっぱいいたんです。アザラシを獲るには、犬橇をやらなきゃだめだなと思って。その時にハッと「俺がやりたかったのはエスキモーになることなんだ!」と気がつきました。ちょっと前から、薄々気付いていたんですけど。
宮坂 啓示ですよね、もう(笑)。
角幡 思いついたら呑みこまれた方がいいかなって。結婚もそうだったんです。固執していた自分の人生からは、どんどん外れていくんだけど、それこそが変化じゃないですか。
宮坂 確かにそうですね。瞬発力というか、ノリや軽さというのは必要だと思いますね。
角幡 2018年に17年ぶりにニューギニアへ行きましたが、本当は「ツアンポーが終わったら絶対ニューギニアに行こう」ってずっと思っていたんですよ、でも結局やらないでこの年になってしまって、急に「今やらなかったら、もうやらないな」と思ったから行ったんです。やりたいことが、その時の思いつきで、変わってきちゃっていますね。