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思いつきは、その人の過去と人格そのもの

角幡 僕は思いつきというのは、人間の実存のものすごく重要な部分を構成していると思っているんです。さっきのエスキモーみたいな旅について言えば、過去の探検の経験がないとこんなことは思いつかない。そう考えると、思いつくこと、新しい何かを計画することって、その人の過去の歩みがあって初めて生じる事態で、要するにその人の過去そのもの、人格そのものだと思うんです。

 あの山に登りたいって思いついたら、どうしてもその山に登らないではいられない。登らないのは逃げているようで耐えられない。山登りにはそういう感覚があるわけですが、それは自分の過去の結果、思いついたその事態に呑みこまれちゃっているからです。だから人は山に登る。登りたいと思いついたとき、その登りたい山は、その人そのものだから。結婚も同じです。結婚しようと思ったとき、その思いつきは自分の過去そのもの。じゃないと結婚なんて恐ろしくてできません。宮坂さんはどうですか?

 

宮坂 私が親からもらった最大のギフトって、「好きなことをしていい」ということだったと、つくづく思っているんですよね。今、51じゃないですか。子供に「好きなことをやっていいよ」と言いながら、まずは「自分がそういう姿勢を子供に見せないと」と思っています。「我慢してるんじゃない?」って言われてしまうとね(笑)。何も残せなくてもいいから、自分の好きなことをしている大人はいいなって思うんです。

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 私は昔から山登りが好きで、そっちの世界に行きたいなという思いもあったんですけど、普通に大学へ行って、就職しました。それでも、世界には探検家や冒険家のように、やり抜く人がいますよね。私は、植村直己さんの本がすごく好きで、中学生の時に『青春を山に賭けて』を読んでものすごく感動して。旅に行かなきゃって、急に思いました。それで、高校時代は山岳部に入るんですよ。一方で、私の知人の山岳ガイドは、同じ年齢で同じ本に出会っている。それで、彼が何をしたかというと、突然、東京から北海道まで歩いて向かったんですよね。そこから違うのかって、思い知らされたことがあります(笑)。

 

55歳になれば仕事の悩みは、誰も気にならなくなる?

宮坂 ちょっと見ていただきたい面白いデータがあるんです。厚生労働省が出している「国民生活基礎調査」(2013年)をもとにしたグラフなんですが、人生の悩みが年齢ごとに分かる。

角幡 人生の悩み、ですか。

 

宮坂 子供の頃は学問の悩みが多くて。大人になると仕事の悩みが大きいんですけど、こうやって見ていくと55歳を超えると、徐々に減っていくんですよ。

角幡 本当ですね。

宮坂 それ以降は、病気の割合が劇的に増えるんです。

角幡 ものすごく増えてますね。

宮坂 結局、健康が一番なんですよ(笑)。さらに、生きがいに悩む人が年をとるごとに増えていくんです。皆、高齢になっても生きがいを探しているんですよね。

角幡 そうか、生きがいに悩んでいるんですね。

 

宮坂 生きがいのない人は、死を目前にして、「俺は何のために生きてきたんだろう」と悩んでしまう。最後に振り返るんじゃないですかね。「仕事ばっかりの人生だったな」と。仕事で悩んでいる部下に、これを教えてあげようと思っていて。「心配するな、55になれば自分の仕事の悩みなんて、誰も気にならなくなるから」と(笑)。

 角幡さんって、「脱システム」の飛距離がハンパないんだと思うんですよ。私たちは、割と近いところで飛ぶわけですけど。でも、探検家に限らずとも、人それぞれ、それなりに飛距離のあることをしたいじゃないですか。10メートルかもしれないし、100メートルかもしれない。それは本当に怖いことなんだけれども、私はそういうことをやっていきたいと思っています。

 

写真=榎本麻美/文藝春秋

極夜行

角幡 唯介

文藝春秋

2018年2月9日 発売

みやさか・まなぶ 1967年生まれ、山口県出身。同志社大学経済学部卒。ベンチャー企業を経て1997年に設立2年目のヤフー株式会社に転職。2012年6月より同社社長に就任し、PCへの依存が大きかった事業のスマホシフトを実現させた。2018年6月、ヤフー新執行体制移行のため代表権のない会長に退き、現在はヤフーの100%子会社であるZコーポレーションの代表取締役社長を担う。

 

かくはた・ゆうすけ 1976(昭和51)年生まれ、北海道芦別市出身。早稲田大学政治経済学部卒。同大学探検部OB。03年に朝日新聞社に入社。08年に退社後、ネパール雪男探検隊に参加する。『空白の五マイル』『雪男は向こうからやって来た』『アグルーカの行方』『極夜行』等著書多数。