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「テレ朝に入りたかった」発言の真相

―― 久代さん、以前『ワイドナショー』で「テレビ朝日が第1志望だった」とおっしゃっていましたね。

久代 訊かれると思いました(笑)。もちろん本当なんですけど、フジテレビが志望じゃなかったというわけではなくて、私のイメージだと、フジテレビのアナウンサーって別格だったんですよ。キラキラしてて。

 

―― 就活をされていたのが2011年。

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久代 そうです。その時は高島彩さん、中野美奈子さん、平井理央さん……錚々たる方々が揃っていて、生野陽子さんが『めざましテレビ』のメインになった時期。「あ、ショーパン、キラキラ。カトパン、キラキラ……」って。私には縁がない世界だと思ってたんです。

―― 別世界みたいな?

久代 私が目指す「アナウンサー」という職業とは別に「フジテレビのアナウンサー」という職業があるというイメージだったんです。テレビ朝日のアナウンサーの方々はキリッとしていて女性としてカッコいいなって思っていたのもあります。

『いいとも』で叶った夢

―― ワイドナショーでは『ミュージックステーション』をやりたいというのも志望の理由だとおっしゃっていました。

久代 はい。やっぱりタモリさんという存在が、私の中ではすごく大きくて。タモリさんがいまだに、ジャンルで言うと何なのかってよく分からない。「芸人さん」というのもなんか違う感じがして。「司会者」と言っても、うーん……と。私の中ではタモリさんは「テレビの人」の代表で、実在しないんじゃないかぐらいに思っていたんです。マスコットキャラクターみたいな。タモリさんの横で仕事をしている「会社員」というのがホントにすごいな、うらやましいなと。そこに大きな憧れがあって『ミュージックステーション』に出たいという思いはありましたね。

 

―― タモリさんとは『笑っていいとも!』で、一緒に仕事をされましたよね。

久代 ワイドナショーのときは『ミュージックステーション』しか言わなかったんですけど、もちろん『いいとも』にも出たくて、念願叶って、2年目で『いいとも』のテレフォンアナウンサーになったんです。タモリさんにお会いしたときは、「あ、動いてる!」って(笑)。タモリさんが私の名前を「久代」と言う度に、夢なんじゃないかと思いましたね。テレビで見ていたあのタモリさんが、私の目の前にいて一緒に同じ生放送を戦っていると。すごく感動して、うれしかったです。