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経営陣から「社長、何をおっしゃってるんですか?」

——しかし、なぜ10年以上も前のラジオドラマが映画化されることになったんですか。

田中 去年(2018年)になりますが、局のプロデューサーが「社長が昔つくったあのドラマ、テレビドラマ化しませんか。明治維新150年ですし」と相談に来たんです。いいねって話になって、それで制作プロダクションの「平成プロジェクト」に相談に行ったら、益田祐美子社長が「こんなスケールの大きな話は60分のテレビドラマじゃなくて、映画にしましょうよ」って。さらに「2018年は日露交流年なんだから、ロシアと共同製作にしましょう」って、どんどん話が大きくなっていった。

 

——大きくなりすぎて不安になりませんでしたか。

田中 もちろん最初は「うちは予算に限界があるから映画なんか無理です」って言いました。そうしたら益田さんが「私たちでやる」と。だから、製作費的には南海放送は一株株主くらいの関わり方しかしていないんです。となると、映画製作についてはお任せ。その代わり私たちは、ロシアと日本の架け橋となるような歴史が松山にあった事実を社会に大きく知らせようと目標を立てたんです。その大目標が「プーチン大統領を松山に呼びたい! ロシア兵墓地の墓参に招きたい!」です。

——どでかい目標をぶち上げて、社内の反応はどうでしたか。

田中 経営陣に伝えたら「何をおっしゃってるんですか?」と(笑)。

——まあ、そういう反応になりますよね(笑)。

田中 そんな針の穴に糸を通すようなプロジェクトですが、実現可能性を探って、動いてます。協力をお願いした関係者の反応は、まず「何をおっしゃってるんですか?」から始まりますが、「でも、面白いですね」になってきてます。

 

大統領へ提案するチャンスは1回勝負

——ロシア側への根回しは……。

田中 ミハイル・ガルージン駐日ロシア大使は創価大学に留学していた方で日本通。大使館とも接触を図っています。まず大使にも松山へお越し頂ければと思っています。大統領へ提案するチャンスは1回勝負という感じはしています。ちゃんとした提案でなければ、一発でアウトみたいな世界らしいので。でも逆に、きちんと私たちの思いが伝われば、プーチンさんのこと、きっと動いてくれると思っています。

——地元のバックアップはいかがですか。

田中 松山市長時代からこのロシア兵墓地の保護については誰よりも熱心に取り組まれていた中村時広現愛媛県知事などにお力をお貸しいただいています。映画の趣旨に多くの有名企業にも賛同いただいています。中でも三井物産さん。

©2019「ソローキンの見た桜」製作委員会

——三井物産がどうしてですか?

田中 映画に対して特に強い支援をしてくださっているんですけど、三井物産さんはロシアとビジネスなさっているそうです。それで「ロシアとの文化交流につながるなら是非協力したい」と乗ってくださった。ロシアロケ、政府との関係にも力を貸してくださっています。安永社長が愛媛の出身で、私の高校の後輩だという縁もあったんですけどね。

——それはご縁ですね。

田中 三井物産とロシアの縁も面白いものですよ。日露戦争の日本海海戦、あれは三井物産の海外支店が持っていた情報、その打電によってバルチック艦隊の進路を予想できたんだそうです。日本海軍がバルチック艦隊を撃破できたのは、三井物産の情報力が大きく貢献したようです。