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さよなら、八王子将棋クラブ

 24日の営業最終日。道場は超満員だった。すべての盤駒が使われて指す場所がなく、立ち見のお客さんであふれていた。羽生が七冠制覇した前後、道場がピークだったころの姿が蘇ったかのようだった。

 前日は、羽生九段が指導に訪れたという。無冠に転落してから2日後だったが、和やかな雰囲気だったそうだ。

 かつて、将棋の資料が置かれていた棚は、贈られた花でいっぱいになっていた。誰もが「お世話になりました」「ありがとうございました」とあいさつして去っていく。子どもたちは八木下夫妻に写真撮影をせがんだ。

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妻・ひろ子さんと。多くの花が贈られた

 マスコミの「今日、実際に最後の日を迎えて、どういう気持ちか」の問いに、八木下さんは「考える余裕はなかったですね。毎日、日々のことに追われて。寂しさはあります。せっかくなついてきた子どもたちがいますから」と答えている。「明日、来なくていいとなったときに寂しさを感じるんじゃないですか」と畳みかけられても、「それは覚悟のうえで、決めたことですから」と淡々と語った。

 いまは将棋道場に行かなくても、インターネットや将棋ソフト、スマホアプリで簡単に将棋を指せる。だが、それだけで人が育つだろうか。

 八木下さんが育んだのは、素直な向上心であり、人の輪だった。取材中、八王子将棋クラブ出身の棋士のことを、一度も「私が育てた」といわなかった。子どものことを気にかけても、それを表に出さず、静かに見守ることを徹底した。だからこそ、多くの子どもが伸び伸びと将棋を楽しみ、才能を開花させたのではないか。

 自分のペースで仕事をやりたい、みんなを楽しませたい。その素朴な気持ちで41年間コツコツと続ける、真面目で誠実な人柄こそが、将棋の大きな歴史を紡いだ。

 

写真=小島渉

#1から続く)

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