男性権力者によるセクハラ、パワハラを告発し、女性蔑視や差別に「ノー」を突きつける#Me Too運動が、世界的な広がりを見せるなか、文学の潮流にもその影響は及んでいる。
日本でも昨年あたりから、海外のフェミニズム小説が異例の売れ行きを見せている。先日、五万部突破という売り上げを達成したのが、韓国作家チョ・ナムジュによる『82年生まれ、キム・ジヨン』(斎藤真理子訳)だ。八〇年代の韓国に生まれた女性の精神分析カルテを通して、同国の性差別の実態を伝える小説である。受験や就職の競争を勝ち抜いても、出産を機に退職を余儀なくされる作中の女性たちの姿に、女性読者から、「身につまされすぎて読むのがつらい」という声が聞こえてくる。
さて、ロシアからは、『プッシー・ライオットの革命』という、同国の政治と宗教の癒着や、抑圧的な家父長制や、LGBT差別と闘う女性たちの生の声を伝える本が届いた。二〇一二年、本書の著者であり、「プッシー・ライオット」の創設メンバーであるマリヤ・アリョーヒナを含む数人が、逮捕され、投獄された事件は、ご記憶の方もいるかもしれない。ロシア正教会の至聖所に侵入し、目出し帽をかぶって「プーチンがおもらしした」を歌ったグループ――マドンナ、ポール・マッカートニー、オノ・ヨーコらが、彼女たちの釈放を呼びかけ、話題を呼んだ。
さらに、昨年、サッカー・ワールドカップ、ロシア大会決勝のフランス対クロアチア戦で、数人の男女がフィールドに乱入した事件。あれも「プッシー・ライオット」のメンバーだ。アート・アクティヴィスト集団であり、パンク・グループであり、派手なコスチュームとパフォーマンスで目を引く。初めに名をあげたのは、二〇〇八年、プーチンの“院政”の始まりを「祝して」、博物館で集団セックスを繰り広げたアクションだという。
本書は、マリヤ・アリョーヒナ、通称マーシャの手記から成る。正教会でのアクションをどのように計画し実行したか、実行した後、どのように逃亡し、どのように捕まり、女性刑務所でどんな酷い生活を強いられたか。それが、断章のようなメモを重ねる形で書かれている。
マーシャは教会から逃げた足で、四歳になる息子を迎えに幼稚園にいったという。その翌朝、アニメを見ている息子に「すぐに戻ってくるからね」と言いおいて出かけた彼女が、息子のもとに帰ったのは二年後だった。生々しい描写が胸をえぐる。
ソ連崩壊から三十年弱。本書監修者によれば、まだ新しい国であるロシアはまだ「膠着」しておらず、政治アクティヴィストの活動が社会に影響を及ぼしうるという。この手記の出版も、世界に向けてのアクションの一つだ。ぜひ手にとってほしい。
Maria Alyokhina/1988年生まれ。ロシアのフェミニスト・パンク集団「プッシー・ライオット」の創設メンバー、アクティヴィスト。2012年レノン・オノ平和賞、14年ハンナ・アーレント賞を受賞。
こうのすゆきこ/1963年、東京都生まれ。翻訳家、文芸評論家。マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』などの新訳を手がける。