「先生、ぼくは気にしていませんから!」と笑顔で言って席に戻れば、何も無かったことになるだろうか。クラスは静まりかえっている。ここで鼻をすすったらぼくが泣いていることをみんなに知られてしまう。
ぼくは歯を食いしばり、もっと俯いたが、涙が頬をつたい、冷たいタイルの床に落ちていった。自分が哀れで、惨めで、情けない。ぼくのせいで先生や、クラスのみんなに迷惑をかけていると思った。声を押し殺して泣く音だけが教室に響いた。先生は僕の背中をさすりながら言った。
「菊地さんはどう思う? 七崎くんは『オカマ』かい?」
菊地さんは少し考えて、こう答えた。
「私は七崎くんのこと、オカマじゃないと思います」
そう言うしかないだろうと思った。それにつられ、だれかが言った。「ぼくも、七崎くんは『ふつうの男の子』だと思います」
ふつうにしている僕は変なんだ
それから、クラスみんなでガヤガヤと議論された結果、ぼくは「オカマ」ではなく「ふつうの男の子」だという結論に至ったようだが、ぼくには到底、そうは思えなかった。ぼくがふつうの男の子であれば、ふつうの男の子であるかどうかなんて、わざわざ議論されるわけがないのだから……。
ふつうにしているぼくは変なんだ。ぼくは「オカマ」なんだ。だからこれからは、なるべく気をつけて「ふつうの男の子」のように行動しなければならない。そう思った。
先生は最後に、こうまとめた。
「これからは、七崎くんを『オカマ』って呼ぶのはやめましょうね」
自分が許せなかった。惨めで、悔しくて、消えてしまいたいと思った。しかし先生はいつもの笑顔でぼくに言った。
「もう、大丈夫だからね!」
(#3「セーラームーン好きの僕は「ぶりっ子だから」いじめられたのか」に続く)
写真=平松市聖/文藝春秋