昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

25年目で初主演 山口紗弥加「蜷川幸雄さんの『女優やめんなよ』が転機だった」

山口紗弥加さんインタビュー#2

「コワいけどついつい見てしまう」と話題の心理サスペンス『絶対正義』(東海テレビ・フジテレビ系)。“自覚なき悪女”を熱演する山口紗弥加さんは昨年、キャリア25年目で連ドラ初主演を果たした。

 14歳で女優デビューした山口さん。じつは「ずっと女優をやめたかった」という。そんなときに演出家・蜷川幸雄氏に出会ったことが大きな転機になった。(全3回の2回目 #1#3も公開中)

『絶対正義』で主演を務める山口紗弥加さん

◆◆◆

ずーっと、女優を辞めたい辞めたいって呪文のように

――キャリア25年目で初主演という話を聞きましたが、女優を辞めたいと思ったときはありました?

山口 もう何回もありました。ずーっと辞めたい、辞めたいって呪文のように唱えてた(笑)。でも、その辞めたいって、いろんなことからの逃げですよね。

――1994年『若者のすべて』で女優デビューされて。

山口 そうですね、14歳でデビューしてから10年間ずっと葛藤しながら過ごして。負けず嫌いなところもあるので、逃げようとする自分と、なんとか踏みとどまろうとする自分がいて。相当無理をしてたんでしょうね。気付いたら、身体と心が壊れていました。1週間に1度、40度以上の高熱を出すみたいな状態が1、2カ月ぐらい続いて。

 

――それって原因は?

山口 謎だったんです。ストレスだって言われて。病気ではないのにいろんな不調をきたして、原因不明。もう、女優を諦めなさいということなのかもしれないなと思って。最後の仕事だって決めていたのが、NODA・MAPの『オイル』という舞台だったんですけど。

――野田秀樹さんの演出、それが2003年ですね。

山口 その稽古前にやっぱり熱を出して、病院に通っていて。その病院の待合室でいまの事務所の社長と再会するんですよね。そう、再会なんです。本当は12歳のときに出会っていて。社長にマネジメントしてもらう予定だったんですけど、結局、別の事務所に所属することになり。そのまま疎遠になっていたんですね。

 で、家の近所の病院の待合室で、10年ぶりのまさかの再会。「そんなことある?」って話なんですけど。

――かなりぐったりしてるときですね。

山口 社長は社長で点滴をたくさんぶら下げていて。でも、これから仕事でフランスに行くんだと言っていて。

――過労だったんですかね。

山口 だと思います。社長自身が、フランス行きを院長先生に止められているなか、「紗弥加、お前は何をしてるんだ」って。「いや、もう仕事を辞めようと思ってます。こんなふうに、体調を崩しちゃったから」と話したら、フランスから帰ってきたら連絡するから、ごはんを食べようと言ってくださって。だったら、私『オイル』を最後だと思っているので、舞台を観にきてくださいとお願いしたら、本当に観にきてくださった。

 そこで、社長がまだ辞めるべきじゃない、やれることはたくさんあると思うって。私もNODA・MAPでお芝居の楽しさに気づいてしまって。こんな世界があったんだって、10年間この仕事をして演じることの気持ち良さを知って。もう辞めてしまうんだと思ったら、どうしても辞めたくないという気持ちが出てきてしまっていたところで。