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芥川賞作家・高橋弘希が藤井聡太の勝利に感じた“文学に近しいもの”

芥川賞作家・高橋弘希が藤井聡太の勝利に感じた“文学に近しいもの”

――朝日杯将棋オープン戦観戦日記

2019/02/24
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対局が開始されてから、約2時間半、皆が無言であった

 正午を過ぎ、対局時間は90分を超え、既に両者とも持ち時間を使い切っていた。玉の守りが厚いぶん、やや後手有利に見えた。そして1分将棋に入ると、藤井氏が徐々にペースを摑み、行方氏はじりじりと追い詰められていく。

 行方氏はときに頭を抱えるような仕草をし、水を飲む回数が増え、その焦りは盤上以外からも如実に見てとれた。この苦しい形勢を覆そうと、▲4七桂、角取りを打ち勝負に出る。しかしここからの藤井氏の手は非常に鋭く、角を捨て、飛車にて敵陣深くへ入り込むと、その後に持ち駒とした角を3九に打ち、飛車と銀の両取りをかけ、ここで得た飛車を用いて、確実に相手の玉を追い詰めていく。行方氏は防戦一方となり、△3九角にて受けがなくなり、120手にて投了する。

局後に大盤で振り返る藤井七段(左)と行方八段(右) ©文藝春秋

 その瞬間、会場内から拍手と歓声が起きた。対局が開始されてから、約2時間半、観客も、棋士も、取材陣も、私も、誰一人、一言も喋ることなく、皆が無言であったのだ。私はこの無言に、文学に近しいものを感じた。皆が無言の中に、盤上の局面から、何らかの感情を受け取るわけだが、これは萩原朔太郎の言うところの“詩のにおい”と殆ど同じものである。

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なぜ“オープン戦”なのか

 して、午後の決勝では、藤井氏と渡辺氏が対局し、結果、藤井氏が史上2人目となる2連覇を果たした。こうして第12回朝日杯将棋オープン戦は、終幕を迎えた。

決勝戦の相手は、今季絶好調の渡辺棋王だった ©文藝春秋

 さて、私は関係者パスを返す際に、朝日新聞社の職員に、本大会がなぜ“オープン戦”というのか尋ねてみた。本トーナメントは、参加資格に厳格な制限を設けておらず、プロアマ問わず、勝ち上がりさえすれば出場できるという。

 つまり近い将来、朝日杯将棋オープン戦に、アマチュア枠で自称棋士のノヴェリスト高橋が出場することも、不可能ではないのだ。

藤井七段は2年連続の優勝を果たした ©文藝春秋

 私の想像は瞬く間に膨らんだ。私はすでに、雑誌『将棋世界』に「棋界に彗星の如く登場した鬼才、高橋アマ、朝日杯将棋オープン戦決勝進出!」という見出しが載るところまで、思い描いていた。

 そして帰路、神保町の三省堂本店に立ち寄り『みるみる強くなる将棋入門』と『念ずれば夢かなう』の2冊を購入して家路を辿ったのであった。

送り火

高橋 弘希

文藝春秋

2018年7月17日 発売

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