将棋の名人挑戦権をかけて1年間戦ってきたリーグ戦、第77期A級順位戦の最終9回戦が3月1日に行われる。A級順位戦の最終戦は「将棋界の一番長い日」と呼ばれて注目され、数多くのドラマが生まれてきた。対局が将棋会館で行われるときは、控室が人でごった返して、足の踏み場を探すのも難しくなる。例年、2月下旬から3月上旬に行われるにもかかわらず、あまりの熱気に控室に冷房を入れることも珍しくない。

千駄ヶ谷にある将棋会館 ©文藝春秋

トップ棋士の名誉と誇りをかけた戦い

 A級順位戦の最終戦が、なぜこれだけ注目されるか。それは歴史と伝統のある名人戦の挑戦者争いに加え、その地位を保つための残留争いも熾烈だから。トップ棋士の名誉と誇りをかけた戦いの中で、悲喜こもごも交錯する一日といえる。A級に在籍していないと、どれだけ実績や力があろうと名人に挑戦できない。

 昔は密室の中で対局が行われた。ファンは将棋会館の大盤解説会以外にリアルタイムで観戦することができない。そのため、全国各地から主催紙や将棋会館に結果を尋ねる電話が多数かかるのが常だった。まれに対局者の家族から戦況を気にする電話がかかってきたこともあったという。現在はネットで観戦できる。時代が変わったものだ。

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「落ちると思うと萎縮する」と大山名人

 昭和将棋界の巨人だった大山康晴十五世名人は、「A級から降級したら引退」と噂された。1989年度の第48期A級最終戦は、桐山清澄九段と3勝5敗同士の対戦。敗者は陥落の可能性が高かった(実際、敗者が陥落だった)が、当時の大山は公式戦7連敗中だったにもかかわらず「落ちると思うと萎縮する。勝てばA級に上がれると思うようにした」という。伸び伸び指して桐山を圧倒。大山が勝つと、大盤解説会で拍手が沸き起こり、感極まってハンカチを目に当てる人もいたという。

タイトル獲得80期の大山康晴十五世名人 ©文藝春秋

 その2年後には、大山は68歳の高齢ながら挑戦争いに加わり、最終戦も勝って4者プレーオフに持ち込んでいる。現在48歳の羽生善治九段が20年後にも挑戦争いしていると考えたら、そのすごみがお分かりいただけるだろうか。大山は最晩年まで一流棋士としての活躍を見せたのだった。