1972年作品(97分)/東宝/レンタルあり(VHS)/Amazon Prime配信あり

 丹波哲郎は、出演する作品選びの基準について次の三通りに区分していたという。

 一つは「カネ篇」。出演料の良さやコストパフォーマンスを理由にした出演。二つ目は「義理篇」。仲の良い監督やお世話になっている人の頼みで(時には出演料が安くとも)出る場合。「セリフを全く覚えてこない」「よく遅刻する」「違う作品のスタジオにそうと気づかずに入って、ずっと雑談している」などの丹波の豪快かついい加減な武勇伝の数々は、たいていこうした作品の出演時によるものだ。

 ただ、丹波にはもう一つの基準があった。それが「芸術篇」。「役者としてこの作品は出たい/この役は演じたい」という、表現者としての意識による出演である。こうした「芸術篇」の場合、セリフは事前にバッチリ完璧に入れて、役作りなどの準備も入念に行ってきた。

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 今回取り上げる『軍旗はためく下に』は、「芸術篇」の最たるところ。セリフを覚えるどころか、事前に入念に台本を読み込んで理解していないと演じ切れない、困難な役どころに挑戦している。

 ニューギニア戦線で敵前逃亡の罪により銃殺された夫・勝男(丹波)の死因に納得のいかない妻・サキエ(左幸子)は戦後二十年以上、役所に再調査を求め続ける。そして、何度も門前払いになりながら、ようやく四人の目撃者に辿り着く。だが、その四人はいずれも異なる死に方を語った。

 頼りになる分隊長として総攻撃に参加しての勇敢な戦死。食糧難の中、部隊から芋を盗み出して射殺。戦友の屍肉を食った上に部隊に提供した罪での処刑。隊員たちと謀って横暴な上官を殺害した罪での銃殺――。そして、それぞれの回想の中で、丹波は全く異なる四通りの勝男像を見事に演じ分けている。

 ソルジャーとしての堂々たる表情、芋を口にくわえての情けない死に顔、人肉を「野ブタ」として勧める生気のない怪しげな風貌、狂気の上官を前にしての追いつめられた切迫感。丹波が提示してきた、この「四人の勝男」のいずれもが戦場の地獄を映し出す。

 そして圧巻は、最後に明かされる「五番目の証言」だ。銃殺を前に勝男は白飯を食わせてもらうのだが、この時の丹波の無表情の奥底に浮かぶ涙。ようやく白飯にありつけた悦びと、これが最期の食事になるという哀しみとがないまぜになり、その理不尽な運命が痛切に突き刺さってきた。

 本作を撮った深作欣二は後に多くの大作を監督するようになるが、その時の丹波はほとんどが「カネ篇」「義理篇」としての出演。それだけに、このコンビの貴重な「芸術篇」の一つだといえる。

泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと

春日 太一

文藝春秋

2018年12月12日 発売