筆者が映画や時代劇を本格的に観始めたのは、一九八〇年代後半のこと。その頃の丹波哲郎はクイズ番組やバラエティ番組に多く出演、大物感を出しながらもお茶目な感じで笑いをとる「おもしろ大御所」の枠にいた。そのため、「現役バリバリの俳優」という印象は全くなかった。
長くそんな油断をしていたが、ある日、「現役としての役者・丹波哲郎」ここにあり、という作品に出会う。それが今回取り上げる『十五才 学校IV』だ。
山田洋次監督による「学校」シリーズは、夜間学校、養護学校、職業訓練学校という、これまであまりスポットの当たらなかった「学校」を舞台に、そこでの人間模様を描いてきた。通底しているのは、現代社会の繁栄から弾かれてしまった人々の悲喜こもごものドラマ。そして、この第四作でそこを担う役柄を演じたのが、丹波だった。
今回の舞台は学校ではない。主人公の中学三年生・大介(金井勇太)は学校に通うことに疑問を抱いて不登校になっていた。そして半年後、家出をしてヒッチハイクの旅に出る。長距離トラックを乗り継いで、横浜、大阪、九州。大介と彼を乗せる運転手たちとの触れ合いを軸に物語は展開する。
そして、大介が最後に行き着いたのが、屋久島だった。
縄文杉を見た帰り、彼は道に迷って遭難。ようやく辿り着いた麓で一人暮らしの老人・鉄男と出会い、彼の家に泊めてもらうことになる。この鉄男を演じたのが丹波だ。
丹波が老人役を演じる珍しさに当初は面喰らったが、考えてみると丹波自身はこの時、七十八歳。老人役を演じて当然である。そして丹波は、丹波なりのアプローチで「老い」を見事に演じ切った。
鉄男は「シベリア帰りの暴れ者・バイカルの鉄」と呼ばれており、とにかく元気で威勢がいい。運転は荒く、ショウパブではロシア民謡「カチューシャ」を酔った勢いで踊りながら熱唱。丹波ならではの豪放な老人である。
だが、そこは山田洋次。それだけで終わるはずもない。
鉄男は病に倒れ、小便を漏らした惨めさにむせび泣く。挙げ句に子供たちからは冷たく扱われる。これが、命からがらシベリアから帰還し、戦後を生き抜いてきた男の末路なのか――。切なくなった。
丹波はそんな鉄男の最期の姿を「いかにもな弱々しい老人」ではなく、矍鑠(かくしゃく)たる凜とした姿勢を保ったまま演じた。そのギャップがかえって、「老い」をどんな人間にも訪れる逃れようのない現実として、厳しく浮き彫りにしていた。
丹波はまだ現役の名優である――そのことを見せつけられた。老境の芝居、もっともっと観たかった。