1963年作品(99分)/東映/2800円(税抜)/レンタルあり

 先日、佐藤純彌監督が亡くなった。『人間の証明』『野性の証明』『植村直己物語』『敦煌』『おろしや国酔夢譚』など超大作を数多く撮ってきた監督として知られているが、若手時代は人間や社会の暗部をリアルにえぐり出すダークな社会派映画を得意としていた。

 今回取り上げる監督デビュー作から既にその作風は開花している。なにせタイトルからして『陸軍残虐物語』。その名の通り、帝国陸軍の「残虐」な姿が徹底的に描かれている。

 舞台となるのは、戦況が悪化していた一九四四年の陸軍兵営。軍曹の亀岡(西村晃)を殺害した犬丸(三國連太郎)と鈴木(中村賀津雄)、二人の兵士が脱走するところから物語は始まる。故郷にたどりついたものの顔を出せずに身を隠し続ける犬丸と、早々に捕まって懲罰を受ける鈴木。この二人をはじめ、事件に関わった人たちの回想を通して、軍曹殺害に至るまでの経緯が綴られていく。そこに映し出されるのは、この世の地獄といえる軍隊生活だった。

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 旧作の日本映画において軍隊での地獄が描かれる場合、たいていは敵との戦闘においてではない。軍隊という逃げ場のない環境における、上官によるイビリをはじめとする理不尽な人間関係である。本作もまた、しかり。

 犬丸は生来の要領の悪さのために上官から何度もビンタを浴び、同僚から嘲笑される。そして、最も猛烈に犬丸への厳しい当たりを率先してきたのが班長の亀岡だった。ニヒルで生気のない西村のヌメリ気ある眼差しが、犬丸に振りかかる絶望感を逃れようのないものとして際立たせる。

 だが、亀岡がそうなったのにも事情があった。元々は歴戦の勇士であったが、戦地にいる間に妻が別の男の子供を孕(はら)んでいたことを知り、自暴自棄になっていたのだ。

 そうかと思うと、犬丸には面倒見の良い先輩として接する鈴木は一方では、亀岡に媚を売る矢崎(江原真二郎)に対しては徹底して厳しく当たり、矢崎の顔を馬糞に押し付けたりもしている。それぞれに元は悪人とはいえなかった。にもかかわらず誰もが常軌を逸してしまっている。そして、一つ一つの歯車のズレが人々の狂気を増幅させていき、ついにはただ一人だけ「善」を貫いていた犬丸ですら手を汚してしまう局面を迎え、物語は最終的な悲劇に行きつく。

 こうしたおぞましい軍隊の非人間性を佐藤は、ウェットな情感を排した冷たく乾いた映像で切り取っていく。そのため、展開される人間模様の理不尽さが容赦なく観る側に迫ってくることになった。

 大作を任される以前の佐藤純彌監督の尖りに尖った演出、ぜひ堪能してほしい。

泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと

春日 太一

文藝春秋

2018年12月12日 発売