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オーディションで、他の人を一切見ないようにしたんです

――木竜さんの場合は『菊とギロチン』で300人から、『鈴木家の嘘』では400人という方々の中からオーディションで、一人ヒロインとして選ばれて。関門をくぐり抜けてきたな、という意識はありますか。

木竜 あんまりそういうのはないですね。もちろん、どちらも現場の印象が強烈にあるのですが、自分の緊張度でいえばオーディションがピークなんです(笑)。ただ、大勢の人と戦ったという感じではないかもしれないです。

――むしろ自分と向き合う時間というか。

木竜 その意味合いのほうが圧倒的に大きいです。2作品で共通しているのは、私、オーディションの途中から、他の人のことを一切見ないようにしたんですよ(笑)。

 

――それは、どうしてですか。

木竜 単純にすごく緊張しちゃうので、見る余裕もあまりなかったですし。自分の順番がきた時に、今やりたいと思ったことを全部やることができれば、それが一番良くて。でもそれは単なるフィーリングでふわっとやれるものでもないということも、だんだん分かってきたんです。今はまだ足りないけど、少ない集中力の中でそれをやろうとすると、自然に他の人よりも、自分へ意識が向いていきました。

『鈴木家の嘘』のワークショップも、初日だけはそのほかに参加した6人と一緒だったんですが、2日目からは一人ひとり時間を分けてやらせてもらって。そのおかげで監督や自分と向き合わなきゃいけない時間のほうが長かったですね。

――何度も、時には13テイクも重ねている動画を拝見しました。あの時は、どういう時間でしたか。

木竜 「長いな~」みたいなこととは、全然違うんですよね。例えば、1シーンが5分くらいかかる場合のことを考えると、カメラ位置を戻したり全体の時間を戻したりして、私だけではなくて他のスタッフの皆さんにもやることがたくさんあるんです。でもその中で、「私、早くやらなきゃ」とは全く思わなくて。

 たぶんそれって、そこにいてくださる全員が一緒になって、「もう一度最初から」ってやってくれていたからなんですよね。私が大変なシーンであったことも確かなんですが、あのシーンもみんなで作ったと思っていて。誰かから「ちょっと時間が押してるよ」みたいに思っている気持ちを受け取ったら、たぶん私は「ああ、どうしよう」って、素の自分で考えちゃうんです。でもそういうことを一切思わずに1テイク終わって監督と話したり、もう一度やる準備をする、ということだけに集中できました。

――『鈴木家の嘘』は、引きこもりだった兄(加瀬亮)が自死で突然この世を去って、ショックのあまり記憶を失った母(原日出子)のために、妹と父(岸部一徳)が「おじさんの仕事を手伝いにアルゼンチンに旅立った」と嘘をつきます。木竜さんは、大学生の長女・富美を演じる時に、どう役へ入っていきましたか。

木竜 これは野尻監督のお兄さんがモデルになっている映画で、ワークショップの間に少しだけお話をしました。私も親族ではないんですけど、わりと近い存在というか、仲良くしていた幼なじみを自死で亡くしていて。

 このことを自分から言うつもりはなかったのに、なぜかワークショップ中に監督に話したくなったんです。そのあと監督が廊下に呼んでくださって、「本当はワークショップ中に話すつもりはなかったんだけど、木竜さんが話をしてくれたので僕も言います」「これは僕の兄の話です」と教えていただいて。

 

――そうだったんですね。

木竜 はい。富美の役はもちろん野尻さんの立ち位置だとは思うんですが、監督から「僕の気持ちをそのままなぞってほしいということではないです」「木竜さんがどう感じるかというのを見たい」と言っていただいたことは大きかったですね。