メガネにまつわる不運なアクシデントも
―― 順位戦などでは、深夜まで対局が続きますからね。
佐藤 ええ。もちろん棋士は盤面を見なくても頭の中で思考することができますが、やはり見ていたほうが良い考えが浮かぶことが多いので。
たしか、羽生さんがメガネを変えたのは、負けが続いたときに中原(誠)先生から「メガネの度が合っていないのではないか」とアドバイスを受けてのことだったと記憶しています。実際に、変えたら調子が戻ったようでしたし、やはり非常に大事な要素ですね。
―― メガネはときに勝負を左右するほど重要なアイテムですが、佐藤会長は何度かメガネにまつわるトラブルに見舞われていると伺っています。
佐藤 はい(笑)。まずひとつに、メガネを海に流されたことがありまして。1997年の竜王戦の第1局がオーストラリアのゴールドコーストで行なわれたときのことで、私は立会人として同行していました。対局の前日に時間があったので男3人で海岸へ行ったんですけど、メガネをかけたまま海に入ると危ないということを知らないものですから……。突然高い波がきて、「えっ!?」と思ったら、もう無いんですよ。他の2人は「大変だ!」なんて言いながらも、笑いが止まらないんです。対局まで1日余裕があったので、急いで現地で1日使い捨てのコンタクトを作り、伊達メガネも用意して。開始時の写真は、その伊達メガネをかけて収まっています。
タイトル戦の1日目にメガネのつるが折れた
―― コンタクトでも、メガネはかけるんですね(笑)。メガネが壊れて困った経験もあるとか。
佐藤 じつは2度ほどありまして。一度は対局前日に電車のなかで突然メガネのレンズがポロリと落ちてしまったんです。そのときは、なんとか当日までに修理が間に合い、難を逃れました。
大変だったのが、2006年のタイトル戦のときです。1日目だったのですが、目を休めようとメガネを外そうとしたら、つるの部分が壊れてしまいました。修理をお願いしたのですが、地方ということもあってすぐに直せるところもないと言われて。自分なりに気にしてしまう時間が増えてしまいました。
―― 対局中となると、それは焦りますね。
佐藤 それを理由にしてはいけないんですが、その勝負は負けまして……。大きな勝負だったので、もう少しベストを尽くせたら違う結果を出せたかもしれないんですけど。でも、後悔しているわけではありません。つるが折れたときは一瞬の動揺こそありましたが、「あ、折れたか」という感じで、今ではそれも一つの良い経験だったと思っています。
このときに限った話ではなく、どの勝負についても「ここで勝っていたら、もう少し実績が上がったかもしれない」とか、「ここが人生の分岐点だったかもしれない」といったことは、一瞬は思ってもこれまで一度も深く考えたことはありません。自分はつねに過去よりも、未来のこれからの自分に期待をしているんです。
佐藤康光(さとう・やすみつ)
1969年、京都府出身。将棋棋士。日本将棋連盟会長・九段。タイトル通算13期。永世棋聖の資格を有する。2011年より、日本将棋連盟棋士会長、2017年より現職を務める。同年、紫綬褒章受章。
写真=杉山秀樹/文藝春秋