若さの勢い。
何かを成す者に一度は訪れるものであり、そこで「機会の窓」を開いた者が何かを成す。将棋界でいま一番若さの勢いがあるのは藤井聡太七段で疑う余地はない。朝日杯将棋オープン戦の連覇は記憶に新しいところだろう。
遡ること9年、若さの勢いで一気にタイトルを奪取した若手棋士がいた。広瀬章人現竜王だ。
2010年、第51期王位戦の予選を勝ち抜き挑戦者決定リーグに入った広瀬五段(当時)はプロでは廃れていた四間飛車穴熊を武器に、リーグ最終戦で渡辺明竜王(当時)との同星決戦を制して挑戦者決定戦に進み、もう一つのリーグを制した羽生善治名人(当時)を撃破してタイトル挑戦。七番勝負では深浦康市王位(当時)を4勝2敗2千日手でくだし、勢いのままタイトルを獲得した。23歳のときだった。
プロ入りを決めた瞬間に「次は遠山さんに上がってほしいです」
筆者が広瀬竜王を初めて知ったのは、奨励会(プロの下部組織)に所属している時だった。奨励会で三段まで昇段し、半年ごとに開催される三段リーグで2位までに入るとプロ入りとなる。筆者も所属していた時の三段リーグには16~18歳の有望な若手が多く、広瀬竜王や佐藤天彦名人や豊島将之二冠といった現在のタイトルホルダーは当時から目立つ存在だった。
広瀬竜王が15歳で初参加した三段リーグは歴史に残る混戦で、一つの黒星で何人もプロ入りを逃した。私も広瀬竜王もその一人だった。私自身、空虚感を覚える中で、最終戦で痛恨の黒星を喫して呆然としている広瀬竜王の姿を見たことを記憶している。
それから2年半後、広瀬竜王は18歳でプロ入りを決めた。私はまだ三段リーグでもがいており、年齢制限(26歳までにプロ入りしないと原則退会となる)も迫る苦しい立場だった。午前中の対局(三段リーグは1日に2局行われることが多い)に勝ってプロ入りを決めた広瀬竜王を見かけた私は、何気なく「おめでとう」と声をかけた。そこで広瀬竜王は、プロ入りという特別な瞬間にもかかわらず「次は遠山さんに上がってほしいです」と他人に思いを寄せる言葉で返してきた。勝負を争う者には思えない優しさに驚いたことを忘れない。半年後に私もプロ入りを果たすのだが、この言葉にも後押しされた気がする。