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特集観る将棋、読む将棋

2019/03/08

怒ったり、悪口を言うところを見たことがない

 昨年竜王を獲得した際の記者会見で、広瀬竜王は自らについて「鷹揚」と色紙に揮毫していた。広瀬竜王を表すにふさわしい言葉だった。筆者は広瀬竜王が怒ったり悪口を言うところを見たことがない。盤外で威圧することも格の違いを態度で見せることもなく、後輩棋士からの信頼も抜群だ。

 あるとき、前述した言葉について広瀬竜王へ感謝の意を伝えたところ、「覚えてないです」と言われて拍子抜けした。そういうちょっととぼけた味も鷹揚さと言えよう。

跳ね返され続けた、羽生善治九段という「厚い壁」

 さて23歳でタイトルを獲得した広瀬竜王は、羽生善治九段に跳ね返され続ける。2011年、第52期王位戦七番勝負で羽生二冠(当時)に3勝4敗で敗れ、タイトルを1年で失った。翌2012年は第5回朝日杯将棋オープン戦決勝で羽生二冠(当時)に敗れた。いずれも得意の四間飛車穴熊が通用しなかった。厚い壁だった。

 2014年に将棋世界5月号に掲載されたインタビューで羽生三冠(当時)に勝てないことを聞かれ「相穴(相穴熊)じゃ苦しいと思うようになった。じゃあどうするか。いまはそこから、自分の将棋を作り直している」と語っている。

 2013~2017年は将棋を作り直し、四間飛車穴熊を止めて居飛車を本格的に取り入れた時期だった。タイトル挑戦(第56期王位戦)、順位戦A級昇級と活躍もあったが、挑戦したタイトル戦では羽生王位(当時)に1勝4敗と完敗してまたも跳ね返された。

2010年に深浦康市王位を破り、初タイトルとなる王位を獲得した ©共同通信社

早稲田大教授に才能を惚れ込まれた「数学の鬼」

 広瀬竜王はプロ入りと並行して早稲田大学へ進学し、数学を専攻した。教授には数学の才能を惚れ込まれていたそうだ。広瀬竜王は難解な数学の問題を解くかのごとく、終盤という難解な将棋の問題をいとも容易く解いて勝利を重ねている。難解な問題を解くことに喜びを覚えているようにも見えるその姿は数学の鬼のようだ。その終盤力が23歳での王位獲得という「機会の窓」を開いた原動力だった。

 一方で、以前は序盤を苦手とし、穴熊に囲って勝負を長引かせ終盤に逆転するのが広瀬竜王の勝利の方程式だった。しかし本当の強敵にその方程式は通用しない。序盤でのリードを逆転させない強さがあるからだ。広瀬竜王が羽生九段に勝てなかった要因はまさにそこにある。

 雌伏の時期に相居飛車の最新形を取り入れ、序盤力を向上させた。それにより終盤を互角で迎えられるようになり、数学の鬼が力を発揮する舞台は整っていった。

 広瀬竜王の序盤力向上には将棋AIの影響もありそうだ。それまで序盤は芸術的要素が強いとされていたが、将棋AIの示す数値をエビデンスとして序盤を組み立てられるようになり、芸術的要素は弱くなっている。そうなれば序盤も数学の鬼の得意分野となるわけだ。