昨年末、根津甚八が亡くなった。大好きな役者だった。
「和製ハードボイルド」というと、どうしてもダサくなりがちであるが、根津はそうした芝居が見事にハマっていた数少ない役者の一人だった。
鋭い眼差しから醸し出す、どこか気だるい空気。寡黙なダンディズムを感じさせながら、人間として生々しい弱さも垣間見せる――その色気ある芝居により、現代劇、時代劇、主役脇役を問わず、彼のいる空間にはいつもハードボイルドな雰囲気が漂っていた。
今回取り上げる主演映画『ゴト師株式会社』は、まさにそんな根津の魅力を心ゆくまで堪能できる一本といえる。
舞台はパチンコ業界。ありとあらゆる裏ワザ(=ゴト)を駆使してパチンコ台を攻略していく稼業を「ゴト師」と呼ぶ。彼らは依頼を受けると、悪徳経営のパチンコホールに対して作戦を遂行していく。物語は、そんな「ゴト師」たちとホールとの頭脳戦の攻防を軸にスリリングに展開する。
根津が演じるのは、「ゴト師」集団のリーダー・君島だ。
とにかく、その出立ちからしてカッコいい。ビシッとしたスーツに身を包み、薄目のサングラスをかけ、その下には柔らかい微笑を湛えている。そのため、彼の全身からはいつも大人の余裕が放たれる。
依頼相談を受ける時も、タバコをくわえながら足を組み、表情一つ変えることはない。その姿は「信頼できるプロフェッショナル」そのものだ。
特に中盤、夜のバーで繰り広げられる曰くありげな依頼人・貴和子(名取裕子)との虚々実々の駆け引は絶品。この場面で君島は、誘惑してくる貴和子に微動だにせず「生憎オレはね、御馳走はいちばん最後にとっておくタチなんだよ」というセリフと共に一笑で受け流して去る。この芝居、一つ間違うと臭くなり観る側に失笑されかねないのだが、さすが根津。自然にやってのけ、唸らされた。
終盤になり様相は一変する。貴和子の罠により命を狙われた君島は身を隠し、逆転の大勝負に打って出る。貴和子の店に潜入した際、根津はこれまでとは異なる、張りつめた表情を見せていた。そのことがミッションの困難さを如実に表現しており、物語の緊迫感を盛り上げることになる。
そしてラストは「警察に連行される貴和子のタバコに、君島が火をつける」というフランス映画『さらば友よ』のオマージュ。物凄くダサくなりかねない演出だが、ここでも根津のたたずまいが完璧に様になっているため、この場がパチンコ屋の駐車場であることを忘れさせるほど洒落た空間として映し出されていた。
「画になる男」が、また一人いなくなってしまった。