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20歳で鹿島の10番 安部裕葵が明かす「ジーコさんに肩を叩かれたあの日」

鹿島アントラーズ・安部裕葵選手インタビュー#1

2019/03/08

「10番じゃないなら、30番のままでいいです」

――今シーズンから、鹿島アントラーズ栄光の10番を背負っています。クラブから提示されたときの心境はどうでした?

「1年目が終わったとき、背番号を変えるという話があったんです。でも、そのときは10番じゃなくて、『10番じゃないなら、30番のままでいいです』と返事させてもらって。それから1年が経って、自分の中でなんとなく『もしかしたら、あるんじゃないかな』と思っていて」

――金崎夢生選手(現サガン鳥栖)がシーズン途中で移籍して、10番が空いていましたからね。

「そうしたら、やっぱり10番を提示してもらえて。もちろん、30番だろうと、10番だろうと、僕がやることは変わらないですけど、注目度は全然違う。そういうプレッシャーに自分が勝てるかどうか。それは楽しみのひとつです」

――1年目が終わったあとに「10番じゃないなら」と言ったということは、背番号10に対するこだわりを持っていたんですね。

「そうですね。攻撃の選手だったら、ストライカーは別ですけど、それ以外のアタッカーだったら、誰もが10番を目指すべきだと思いますし、一番格好いいじゃないですか。だから、それを目指すのは当たり前だと思っています」

――ましてや、それが鹿島の10番なら、ぜひとも、と。

「はい、もちろんです」

 

ジーコさんが僕の肩をポンポンって叩いたんです

――鹿島の10番といって思い浮かぶ選手は誰ですか?

「一番、身近なのは夢生くんですね……というか、夢生くんとしか一緒にプレーしたことがないので。あとは柴崎(岳)選手(ヘタフェ)。すごく尊敬している選手のひとりです。それと、今スタッフにいるジーコさん。この3人が、僕の中では鹿島の10番というイメージが強いです」

――1999年生まれということは、ジーコはもちろん、レオナルドやビスマルクが背番号10を付けていたのをほとんど見たことがない。そんな世代が、鹿島の10番を背負うようになったことに衝撃を受けます(笑)。

「そうですか(笑)。そう言えば、シーズン前、ジーコさんがキャンプに来てくださったんですけど、そのとき、僕の肩をポンポンって叩いたんです。何か言われたわけではないですけど、メッセージというか、想いを伝えようとしてくれたんじゃないかって」

――新10番に対する期待というか。

「そうですね。今年になって初めてジーコさんと会ったタイミングだったので、感じるものがあって。期待に応えられるように頑張ろうと思いましたね」

 
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