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ジョーダンもスラムダンクも変えられなかった日本バスケ界 強くしたのは誰か?

44年ぶりの五輪出場へ

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中学卒業後に渡米した富樫に続く後輩たち

 ここで25歳の富樫から、21歳の八村までの生まれた年をまとめると、以下のようになる。

93年 富樫勇樹
94年 渡邊雄太
95年 馬場雄大
98年(*早生まれのため、馬場の2学年下)八村塁

 当時としては画期的だった、富樫の中学卒業後の渡米。その事実や、富樫が彼の地で学んできたことは、後輩たちがアメリカ行きを目指す上で刺激となったことは否定できない。

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 また、馬場はルーキーイヤーの昨シーズン、Bリーグのオールスターファン投票で1位に輝いたのだが、198cmの彼が繰り出す豪快なダンクシュートは多くのファンを魅了している。もっとも、その馬場は派手なプレーが好きだからダンクシュートを好んで狙いにいっているわけではない。

 アメリカではフリーでシュートを打てる状況で、ダンクシュートをしなければ、批判の対象になると彼は知っているからだ(日本の学校教育のなかでは、ダンクシュートは派手なプレーとして、一部の指導者から敬遠される対象でもあった)。馬場はこう語っていた。

「アメリカではそういう感じなんだろうなというのはなんとなく感じてはいたのですが、雄太さんのインタビューで、『どうして、ダンクシュートを打てるのに打たなかったのだ?』と叱られたと書いてあるのも読みましたし、そうやってアメリカへ行ったことのある選手たちから実際に話を聞いて、僕も考えるようになりました」

 馬場は将来的にはアメリカでプレーすることを望んでいるから、世界の最先端では何が求められるのかを貪欲に学び、吸収してきた。実際に、彼の1つ上の先輩で現在はNBAでもプレーする渡邊と直接話をして、学んだことも多かったという。

NBAメンフィス・グリズリーズに所属する渡邊雄太 ©AFLO

天才たちは同時期に、同じ場所で生まれてくる

 しばしば、言われることがある。

「天才たちは同時期に、同じ場所で生まれてくる」

 この言説が示すのは以下のようなことではないか。天才というのは一見すれば生まれもった才能によって作られるように見えるが、実はそうではない。生まれてから、育つ過程で周囲の人間から受ける刺激(=後天的な要素)が天才の育成に大きな影響をもたらす。

 スポーツの世界も、この例に漏れない。

 しばしば、黄金世代が存在するのは周知の通りだ。野球でいえば松坂世代が有名だ。サッカーでいえば1999年のワールドユース(現在のU-20W杯)で準優勝した小野伸二や稲本潤一らの世代や、岡崎慎司、本田圭佑、長友佑都の3人が同じ1986年の生まれである。最大の要因は彼らの努力によるものだが、お互いに切磋琢磨していくことで、その努力の質や量が上がるというのは、十分に考えられるものだから。

 日本がW杯出場を決めてから、およそ1ヶ月。今月末に行なわれるFIBAの理事会で、東京オリンピックにおける日本代表の開催国枠での出場が決まるとみられている。

 日本バスケ界は、まさに今、夜明けを迎えようとしているのだ。そんな時代の変化を見逃してはいけない。

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