昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

『あまちゃん』から5年 日本一長い三セク「三陸鉄道リアス線」の新たなスタート

163km、4時間半の鉄道旅へ

2019/03/11

genre : ニュース, , 社会

 8年前、2011年3月11日。東日本大震災のあの巨大な津波が三陸海岸の町々を襲った。人々の暮らしを根こそぎ押し流し、そして生活を支えるインフラも寸断された。三陸海岸に沿って走る鉄道もそのひとつであった。とりわけJR山田線の宮古~釜石間は、ひときわ被害の大きい山田町や大槌町を通る。陸中山田駅は津波とその後の火災で失われ、大槌駅も津波で流失してしまったのである。

宮古駅を出発し閉伊川を渡る三陸鉄道

日本一長い三セク「三陸鉄道リアス線」として新たなスタート

 それから8年、ついに山田線の宮古~釜石に鉄道が戻ってくる。そして同時にJR東日本から三陸鉄道に移管され、これまで山田線を挟んで南リアス線(盛~釜石)・北リアス線(宮古~久慈)に分かれていた三陸鉄道がひとつの路線としてつながって「三陸鉄道リアス線」として、3月23日に新たなスタートを切るのである。盛~釜石~宮古~久慈、実に163.0km。日本一長い第三セクター鉄道の誕生。その日を目前に控える、三陸の町を訪ねた。

 三陸鉄道の本社は、岩手県宮古市にある。宮古は漁業の町であり、そして三陸観光の拠点の町だ。海の方に歩けば工事用車両が盛んに行き交って復興の町づくりもまだ途上といった趣であるが、宮古駅前は観光客や学生たちで賑わっている。去年の秋に移転してきたという真新しい宮古市役所も駅の裏にあり、駅前広場から跨線橋で通じている。その一角、三陸鉄道宮古駅の駅舎に入る、三陸鉄道本社の旅客営業副部長・冨手淳さんが話を聞かせてくれた。

「2011年3月11日に震災があって、その5日後から三陸鉄道は少しずつ運転を再開したんです。それで2012年までには北リアス線では久慈から田野畑、宮古から小本(現・岩泉小本)まで運転を再開しました。そして2014年には南リアス線も含めて南北のリアス線で全線再開。そこまではどんどんお客さんも来ていただいていたんです」

 実は、2012年から全線再開までの約2年、特に2013年には訪れる客が一時的に減ると予想していたという。確かに少し待てば全線再開に立ち会えるのだから、そこまで待とうという観光客も多いと思うのも当然である。ところがそこに降って湧いたのが“あまちゃん”フィーバー。北リアス線や久慈駅周辺が舞台となったNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』の大ヒットで、三陸鉄道にも大きな注目が集まった。

“三陸名物”のリアス式海岸沿いを走る