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2019/03/11

genre : ニュース, , 社会

放送から5年たっても、やっぱり『あまちゃん』

「『あまちゃん』は本当にすごかった。想像以上ですよね。ドラマや映画に出ると人がたくさん来るっていいますけど、それもヒットしないとダメじゃないですか。だからどうかと思っていたんだけど、あそこまで盛り上がるとは」(冨手さん)

 『あまちゃん』放送から5年たった今でも、久慈の町にロケ地巡りとして訪れる人も少なくないという。久慈の人は言う。

「いつまで『あまちゃん』やってんだと思われるかもしれないけど、あんな盛り上がることって後にも先にもないですから。久慈の知名度もあがったし、今も来てくれる人がいるんだからね」

『あまちゃん』の舞台にもなった久慈駅前
北リアス線の見どころのひとつ、白井海岸。このあたりは実はリアス式海岸ではなく、海岸段丘

『あまちゃん』フィーバーのあと、乗客が激減したけれど……

 そうして『あまちゃん』フィーバーの冷めやらぬ中の2014年の全線運転再開。右肩上がりで乗客も増えて、三陸鉄道の未来は順風満帆に思えた。ところが、2015年になると一気に客が激減したという。熱しやすく冷めやすい日本人のこと、ブームが去って三陸にも行かなくなったのか……と思いきや、そうではないと冨手さん。

「北陸新幹線の開業なんです。東京から金沢まで2時間半で行けるようになったでしょう。それでお客さんを取られてしまった。想定はしていたけれど、思った以上の落ち込みだったし長引いていますね。まあ……金沢は魅力的な町ですし、新幹線と比べると三陸は遠いから仕方がないとも思うんですが」

 さらに、地域の復興も思うように進まない部分があった。8年経った今でも海沿いの町ではそこかしこで工事が進む。逆に言えば、8年経っても新たな町づくりも完成していないのだ。国や県との調整もあるし、すべての住民の合意を要するが故に工事のスタートが遅れたという事情もあるそうだ。特に山田線区間の宮古~釜石間は鉄道までも失っていて、15~20%も人口が減ってしまった。ただでさえ過疎の町だったところに襲った震災が、人口減をさらに加速させてしまったのである。復興工事の影響でホテルなどの宿泊施設も満室状態、観光客の受け入れもままならない状況も続いていた。そうした中での山田線区間の復旧とリアス線開業だから、とうぜん期待は大きい。

駅が流されたため、新たに建設された大槌駅
同じく大槌駅の新たな駅舎